EUの欧州委員会は11月21日、イタリア政府の2019年度予算案に関して「過剰財政赤字是正勧告(EDP)」を発動するための準備を開始する、と発表しました。
これに先立ち同委員会は10月、財政赤字を国内総生産(GDP)の2、4%に設定するとしたイタリアの2019年度予算案を、EUの財政規律から大きく逸脱しているとして、受容を拒否していました。
これに対してイタリア政府は、小幅な修正を盛り込んだ予算案を提出しましたが、欧州委員会はこれにも難色を示して、ついに最悪の場合には最大でGDP(国内総生産)の0、5%分の罰金が科される可能性もあるEDPの第一段階に入ったのです。
ただ制裁金が科されるまでの道のりは長く、先ず2週間以内にEU各国の副財務相と会計責任者らが勧告の内容を審査します。その後、勧告は各国財務相らで構成されるEU財務理事会に送られ、理事会は来年1月に会合を開いてEDP入りを正式に決定します。
制裁手続きが開始されると、EUはイタリアに対して最長6カ月以内に財政赤字の是正や公的債務の削減削策などを要求します。イタリアがEUの勧告に従わなければ段階的に制裁が強化され、最終的にGDPの0,2%~0,5%を無利子でEUに預け入れるように命じることになります。
イタリア・ポピュリスト政権の予算案は、赤字の対GDP比率が前政権の見積もりの3倍にも達するバラマキ財政。実施すれば構造的赤字が拡大し、公的債務も拡大することが必至と見られています。2018年10月現在イタリアの借金は国民1人当たり€37000(約481万円)でEU圏最大です。
イタリア政府の来年度の予算案に対しては、EUはもとより財界や各国中央銀行からも見直しを迫る声が相次いでいます。財政赤字の対GDP(国内総生産)比率が既述のごとく2、4%にものぼるバラマキ予算案だからです。
赤字の対GDP比率が2、4%という数字は民主党前政権が示した予想の3倍に当たり、来年の構造的債務を、GDP比で0.8%まで押し上げる計算になります。それは国内外のエコノミストやEUからの強い批判にさらされたほか、イタリア政府債利回りの大きな上昇も招いています。
同盟と五つ星運動が連立を組むポピュリスト政権は、一律15%の所得税導入、貧困層への1ト月一律約10万円余のベーシックインカム支給(最低所得保証)、年金給付年齢の「引き下げ」などを主張してことし3月の総選挙で勝利しました。
そして6月に政権運営が始まると同時に、選挙公約を実現しようとやっきになっています。イタリアは総額約2兆3000億ユーロ(約300兆円)の借金を抱えています。それはEUが緊急時に加盟国を支援する常設基金、ESM(欧州安定メカニズム)でさえ対応しきれない規模です。
その額は例えば、1100兆円に近い日本の累積債務に比較すると小さく見えるかもしれませんが、日本の借金が円建てでイタリアのそれがユーロ建てであることを考えれば、天と地ほどの違いがあります。
分かりやすいように極端なことを言えば、日本はいざ鎌倉の時には自国通貨を発行しまくって借金をチャラにすることができます。しかし、EUの共通通貨であるユーロの発行権を持たないイタリアにはそんな芸当はできません。
借金漬けの家計を整理し健全化するのではなく、さらなる借金で楽に暮らそうとする一家があるならば、その家族には必ず自己破産という地獄が訪れることになるでしょう。
イタリアの現政権が打ち出した2019年度の予算案は普通に考えれば、自己破産という地獄へ向けてまっしぐらに走る、「借金漬け一家」のクレージーな生活設計です。
政権の主張は減税と福祉支出等の増加によって経済成長を促すというもので、2019年の経済成長率を1.5%、2020年を1.6%、2021年を1.4%と予測しています。だがそれらの数字に対しては多くの専門家が楽観的すぎるとの批判を強めています。
政権の実質的なボスの1人であるディマイオ副首相(五つ星運動党首)は、ベーシックインカム導入に強い意欲を示し、年金給付年齢を引き上げた2011年の政府決定は、選挙を経ないテクノクラート内閣が決定したものであるから無効だ、と主張。
また 政権内で彼と同等以上の影響力を持つと見られているサルヴィーニ副首相(同盟党首)は、イタリアの来年の経済成長率は、政府が先に示した1,5%ではなく2%になる、とほとんど根拠のない主張をしています。
政権を担当することになった彼らの今の言動を待つまでもなく、五つ星運動と同盟が先のイタリア総選挙で勝利し連立政権を組んだところで、現在の状況が出現するであろうことはすでに分かっていました。
あらためて言うまでもなく彼らは、移民難民を排斥し、(票獲得のために)ありとあらゆるバラマキ策を実施し、米トランプ主義を大手を振って賞賛する、ということを繰り返し主張し実践し確認して、政権を掌握したのです。
いまさら彼らの施策につべこべ言うのは負け犬の遠吠えにも似た無益な態度です。たとえそれがイタリアを破壊しかねないものであっても、彼らは行き着くところまで行くべきだ、というのが筆者の思いです。
事実上の首相であるサルヴィーニ副首相兼内相とディマイオ副首相兼労働相は、内外からの批判に答えて、予算案の見直しは絶対にしない、と繰り返し発言しています。EUへの強い対抗意識がはたらいているからです。
また財界、野党、それにEUからの非難や懸念や罵倒などにも関わらずに、イタリア国民の連立政権への支持は強まっています。それはそうです。彼らはそれらの政策を選挙公約に掲げて戦い勝利を収めたのですから。
国民の支持率の高さは、ジュゼッペ・コンテ首相への信頼感と無関係ではありません。政治的には全く無名の存在だったコンテ首相は、政権の船出の頃こそ学歴詐称疑惑などでつまずき「ミスター・ノーバディ(名無しの権兵衛 )」などと揶揄される存在でした。
ところがその後、同首相の学者然とした落ち着いた慎重な物腰が好感され、且つ政治的には素人である彼の言動が、政治家のアクの強さに辟易しているイタリア国民の心をしっかりと捉えて人気が高まっています。
世論調査によると、コンテ首相の支持率は67%に達します。その数字はここ最近の彼の前任者の誰よりも高いものです。また彼よりも目立つことが多い連立政権の2人のリーダー、同盟のサルヴィーニ党首の57%、五つ星運動のディマイオ党首の52%よりも高くなっています。
コンテ首相への好感度も手伝って、ポピュリスト政権への支持率も64%に達します。また同盟と五つ星運動両党への支持率も合計で62,3%に昇ります。来年度予算を巡るEUとのやり取りが国民を失望させる可能性もありますが、政権発足から今日までの状況は彼らにとって願ってもないものです。
ポピュリストとも野合とも揶揄される政権が、国民から高い支持を受けているのは、選挙公約を忠実に実施しようとする彼らの「ぶれない」姿勢への評価もさることながら、政治不信に陥っているイタリアの有権者が、確かな「変化」の風を感じてポジティブなムードが国中に醸成されているところにあります。
EUがイタリアの2019年度予算案への対応を誤れば、イタリアの世論は共通通貨ユーロの否定、ひいてはEU離脱へ向けて一気に加速・膨張するかもしれません。そしてその道筋こそが実は、連立政権を担うポピュリストの五つ星運動と、反EUの極右政党・同盟が最終的に目指しているものなのです。