NHKは矜持を失ったか

私がNHKに対して批判的な記事を書くのは、おそらく今回が始めてではないかと思います。これまでも自分のOFFICIALサイトで度々NHKについて書いてきましたし、お仕事として依頼された原稿を提供している産経デジタル社のサイト、「iRONNA」にも会長問題、受信料問題など書いてきました。

私の論調は一貫してNHK擁護の立場でありました。NHKには時の政権からのいかなる圧力にも屈することなく、不偏不党で中立公正にジャーナリズムの王道を走って欲しい。そのための受信料だから、当然支払うべきだと昔から主張してきました。

かくいう私も長年にわたってNHK内部の人間であり、NHKで働いて禄を食み、子供のミルク代を得てきたという恩義もあります。このサイトを共同で主宰している仲宗根さんと30年前にローマで出会った時、私は株式会社NHKクリエイティブという、今はなきNHKの関連企業に籍を置いていました。自らの社名にクリエイティブと名付けるとは、ずいぶん気負った会社だなと思いましたが、まあいいでしょう。とにかくNHKについて私は知り尽くしています。

時代は令和になって、そこここからNHKの報道姿勢に疑問を持つ声が、急速に高まってきました。「みなさまのNHK」ではなく「安倍様のNHK」に成り果てているのではないかという指摘です。これについては、さすがの私も擁護しきれません。ハッキリ言いましょう。ここ数年間でNHKは80年の伝統で培ってきた中立公正なNHKの矜持をかなぐり捨て、安倍政権の広報機関へと大きく舵を切りました。変貌してしまったのです。もはや長年私がお世話になった古き良きNHKは、どこかへ消え去ってしまったかのようです。

何がNHKを変えてしまったのでしょうか。1万2千人の職員と数万人の外部スタッフが、そう簡単に考え方を変えるでしょうか。NHKの体質に何か根本的な変容があったのでしょうか。

組織の体質などというものはそう簡単に変わるものではありません。私が思うには、体質、などという漠然としたものについて語ってもあまり意味がないのではないでしょうか。あえてNHKの組織としての体質は、と問われるなら、それは役人と職人を融合したような体質だ、とお答えしておきましょう。役人ですから上司の命令には忠実です。一方では「いかなる圧力にも屈せず自らの良心のみに基づいて判断する」という崇高な理念があり、職員は常にその狭間で揺れ動いています。それは今も昔も変わっていないでしょう。

体質ではなく何が変わったのか。それは極めてわかりやすくシンプルです。ズバリ会長人事です。役人組織ですからトップの意向でいかようにも変貌します。NHKの会長は経営委員会で選任されますが、長年にわたってNHK内部からのたたき上げの職員が就任したら、次の会長は外部から選ぶ、その次はまた内部から、と交互に就任してきました。少なくとも私の現役時代はそうでした。

私がNHKにいた頃は内部からのたたき上げの人物が、歴代の会長を務めていました。1989年からの島桂次会長、1991年からの川口幹夫会長、1997年からの海老沢勝二会長と20年にわたって内部からの人選でしたが、内部で派閥を構成する報道局政治部出身と番組制作局出身から交互に選ぶことによって、局内のバランスも取れていました。

それが2008年以降、外部から招聘された会長の代が続くのです。アサヒビールから来た福地茂雄会長、JRから来た松本正之会長、三井物産から籾井勝人会長、現在の上田良一会長と既に10年あまりにわたって、異例の外部出身会長が続いています。会長の人選は経営委員会が行いますが、その経営委員たちは内閣総理大臣によって直接指名されます。

この10年は、安倍晋三の政権期間と見事に一致しています。籾井勝人氏はNHK会長就任の際に「政府が右と言っている時に左とは言えない」と発言して物議をかもしましたが、そういった発言を口に出すか出さないかの違いこそあれ、安倍首相に直接選任された会長がNHKを牛耳っている限り、「みなさまのNHK」ではなく「安倍様のNHK」になるのは当然のことだと私は思います。

画面上のことで言うと、かつて硬派のジャーナリストであった国谷裕子さんがクローズアップ現代から降ろされた頃、その変化は多くの人に感じ取られたと思います。変わって安倍首相にずっと密着して取材を続けてきた報道局政治部の岩田明子記者が、今やメインの解説者として度々ニュースの画面に登場しますが、話す内容はまさに政府広報です。

NHKの経営委員会をここまで指揮下に収めることができたのは、安倍首相の長期政権によるものだと言ってよいでしょう。日本の議院内閣制はたてまえは三権分立ですが、実際には立法、行政、司法の三権が内閣総理大臣に集まりやすくなっています。特に長期政権が続くとその傾向は強まります。三権に続いて四番目の権力と言われるマスコミまで手中に収めた安倍政権は、もはや怖いものなしの独裁者になっているようです。

国民から選挙で選ばれた代議士であり、その代議士から選挙で選ばれた総理大臣なのだから、最も国民の意思を代弁しているはず、という民主主義の原則に基づいていることは間違いないでしょう。だからといって総理大臣は何をしてもよい、というわけではないはずです。

ファシズムは民主主義から生まれます。ヒトラーは公正な選挙によって選ばれ独裁者になったわけで、クーデターでも犯罪を犯したわけでもなかったのです。私はこの日本でもマスコミが政府に牛耳られ、言論が封殺されるようになったなら、それは十分国家の危機だと言うべきだと思います。

NHKにはまだ希望を捨てていません。役人としてだけではなく職人としての資質も持ち合わせているのだから、職員一人ひとりが己の信念に基づいて行動する勇気を持てば、独裁者に屈することなくジャーナリズムを貫徹できるはずだと信じています。信じさせてください。

Stand Up!Wake Up!

「NHKは矜持を失ったか」への1件のフィードバック

  1. 僕はNHKのファンである。これまでに仕事で大きくお世話になったからではない。番組内容や報道姿勢が好ましいからである。だが最近報道姿勢が怪しくなった。原因の一つに会長問題があることは薄々感じていたがこの記事がそこのところをズバリ衝いてくれた。安倍政権をどうにかしないとまずいことが多く起こっている。NHK問題もその一つだ。だからこそNHKに頑張ってもらわないといけないのだが、安倍さんを怖がっているようにも見えて歯がゆい。NHKの放送は衛星を介してイタリアでも生で見ている。だから分かるのだが、まずあちこちの番組にしゃしゃり出て安倍さんをヨイショする岩田明子解説員をひっこめることから始めたらどうだろうか。あ、それができれば安倍さんを怖がることもないのか。。ヤレヤレ・・・

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