舞い上がらない「舞いあがれ」を舞い上がらせたい

寂しい出来だったNHK朝ドラ「ちむどんどん」に続く「舞いあがれ」を欠かさず見ています。

ロンドン発の日本語放送が1日に5回も放送します。そのうちの1回を録画予約しておき、クレジットを速回しで飛ばしながら空き時間に目を通します。

存在自体があり得ないデタラメな登場人物・ニーニーが、ドラマをぶち壊しにした前作とは違い、「舞いあがれ」は落ち着いた雰囲気で安心してみていられる作りになっています。

ところが今回作は、ドラマツルギー的には「ちむどんどん」よりもさらに悪い出来になりかねない展開になっています。

「舞いあがれ」はこれまでのところ、前半と後半が全く違う展開になっているのです。そのままで終われば構成が破綻した話になるのが確実です。

主人公の舞がパイロットになるため勉強に励む前半と、夢を捨てて町工場を立て直そうと奮闘する後半が、分裂と形容しても構わないほどに互いに独立した内容になっています。

ひとりの若者が夢を諦めてもう一つの人生を歩む、というのは世の中にいくらでもある話です。従って主人公が家業を手伝う流れは自然に見えます。

だがこのドラマの場合は、ひとりの女の子がパイロットになるという夢を抱いてまい進する様子が前半の核になっています。いや、物語の全てはそこに尽きています。

成長した主人公の舞は大学を中退してまで航空学校に入学し、パイロットになる夢を追いかけて格闘します。その内容はきわめて濃密です。

パイロット養成学校の内幕と人間模様を絡めつつ、「男尊女卑のパイロット界」で、女性パイロットが道を切り開いていくであろう未来を予想させながら、説得力のあるドラマが続きます。

そこに父親の死と家業存続の危機が訪れます。舞はプロのパイロットになる直前で一時歩みを止めて家業の手助けをする決心をします。

そこには時代の流れで、舞の就職先の航空会社が採用を先延ばしにする、というアクシデントが絡まります。だから話の推移は納得できます。

舞は一度立ち止まるが、どこかで再びパイロットになるために走り出すだろう、と誰もが思います。なぜならドラマは冒頭からそれを示唆する形で進んできたからです。

ドラマの内容のみならず、「舞いあがれ」というタイトルも、紙飛行機が舞うクレジットのイラスト映像も、何もかもがそのことを雄弁に語っています。

ところがドラマは、町工場の再建に悪戦苦闘する舞と家族の話に終始して、パイロットの話は一向に「舞いあがらない」。忘れ去られてしまいます。

今後、そこへ向けてのどんでん返しがあることをひそかに期待しつつ、ドラマがこのまま「町工場周辺の話」で終わるなら、それはほとんど詐欺だとさえ言っておきます。

そうなればドラマツルギー的にも、構成がデタラメな失敗作になります。

ところが― 矛盾するようですが ―パイロット養成学校を巡る成り行きが主体の前半と、町工場の建て直しがコアの後半の内容は、それぞれが甲乙付け難いほどに面白い。

大問題は、しかし、このままの形で終わった場合、前半と後半が木に竹を接いだように異質で一貫性のないドラマになってしまうことです。

朝ドラは前作の「ちむどんどん」を持ち出すまでもなく、細部の瑕疵が多い続き物です。

物語が完結したときに、それらの瑕疵が結局全体としては問題にならない印象で落ち着くことが、つまり成功とも言える愉快なシリーズです。

「ちむどんどん」はそうはなりませんでした。主人公の兄の人物像が理解不可能なほどにフェイクだったのが大きな原因です。

「ちむどんどん」の大きな瑕疵はしかし、飽くまでも細部でした。話の本体は主人公暢子の成長物語です。

「舞いあがれ」がパイロットの物語を置き去りにしたまま町工場周辺の話のみで完結した場合、それは細部ではなくストーリーの主体が破綻したまま終わることを意味します。

そうなればドラマツルギー的には呆れた駄作になること請け合いです。

それとは別に個人的なことを言えば、パイロットの育成法や彼らのプロとしての生き様に強い関心を抱いている筆者は、それらが中途半端にしか描かれないことにさらなる不満を抱きます。

加えて女性パイロットが、いかに「冷静沈着」な職業パイロットへと成長して男どもと対峙し、また理解し合い、飛行時の困難や危険を回避して「舞いつづける」かも見たかったので腹が立ちます。

今が旬のジェンダーギャップ問題にも大きな一石を投じる機会だったのに、と余計に残念です。

「舞いあがれ」は複数の脚本家が担当しているという話を聞きました。そのせいで前半と後半のストーリーが違う、という言い訳もあるようです。だがそれはおかしな主張です。

構成が破綻した脚本を受け入れる演出家も、その成り行きを許すプロデュサーも理解しがたい。前作の「ちむどんどん」に関しても筆者はよく似た疑問を呈しました。

NHKは大丈夫か?とさえ締めくくりたくなりますが、流石にそれはできません。なぜならNHKのドラマ部門は、報道やドキュメンタリー部局に全く引けを取らない充実した作品を作り続けているからです。

衛星放送のおかげで、外国に居住しながらNHKの番組を多くを見続けている筆者はそのことを知悉しています。

朝ドラの不出来は、やはり一本一本の瑕瑾と見なすべきものです。

その伝で言えば「ちむどんどん」にはがっかりしたが、「舞いあがれ」は欲求不満でイラつくというふうです。

むろん、どんでん返しでパイロットのストーリーが展開されれば話はまた別、と言いたい。

だが、終盤が近い今の段階で展開が変わっても、尻切れトンボになる気配が濃厚であるように思います。

物語を元の軌道に戻すには町工場の話が長過ぎたと見えます。それを力ずくで大団円に持ち込むことができるならば演出の力量はすばらしいものになります。

筆者はここまでドラマツルギーと言い、構成と言い、一貫性や破綻と言いました。あるいは論理や方法論などと口角泡を飛ばして批判することもあります。だがそれらは飽くまでも傍観者の評論です。

論理や方法論で人を感動させることはできません。たとえそれらが破綻していても、視聴者を感動させ納得させることができればそれが優れたドラマです。

そして朝ドラはよくそれをやってのけます。

ここから終幕まで、演出のお手並み拝見、といきたいと思います。



 

 

 


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令和の不惑は60歳がふさわしい

40歳をあらわす不惑という言葉には、周知のように人間の成熟は40歳で完結するという意味合いがあります。

人は若年ゆえに悩み、惑い、経験不足ゆえに未熟な時間を経て40歳で自信に満ちた生活に入る、ということです。

それは人生、つまり寿命が50年程度だった頃の道徳律、と解釈すれば分かりやすい。

つまり人は寿命の10年ほど前に人生の何たるかを理解し、実り豊かに時間を過ごしてやがて死んでいく、ということです。

不惑という概念はおよそ2600年前に孔子が編み出しました。また60歳を表す還暦、70歳の古希、77歳を意味する喜寿なども中国由来の言葉です。

一方で80歳をあらわす傘寿、88歳の米寿、90歳の卒寿etc..は日本独自の表現法とされます。だが根底にはやはり中国由来のコンセプトがあるのかもしれません。

昔は大ざっぱに言えば人生は50年程度だった、という日本人の固定観念は、織田信長由来のものである可能性が高い。

信長が好んだ幸若舞「敦盛」の一節の、“「人間50年 下(化)天のうちを比ぶれば 夢まぼろしのごとくなり~♪”が犯人のようです。

そこでいう人間(じんかん)50年とは、人の平均寿命が50年という意味ではなく、人の命は宇宙の悠久に比べるとあっという間に終わるはかないものだ、という趣旨です。

人の平均寿命は、実は昔は50年にも満たなかったと考えられています。

平均寿命が50歳ほどになったのは、明治時代になってからに過ぎない、とさえ言われます。人は長い間短命だったのです。

はかない命しか与えられていなかった古人は、不惑の次の50歳を死期に至った人間が寿命や宿命を悟る時期、という意味で「50歳にして天命を知る」すなわち“知命”と名づけました。

さらにその先の「還暦」の60歳は、死んでいてもおかしくない人間が生きている、要するにおまけの命だからもう暦をゼロに戻して、人生を新しく生きるということです。

そんなふうに人間が短命だった頃の70歳なんてほぼ想定外の長生き、希(まれ)な出来事。だから前述したように古希。

さらに、88歳をあらわす「米寿」という言葉は、88歳などという長生きはある筈もないから、八十八を遊び心で組み立てて米という文字を作って、これを「米寿」と呼ぶという具合になりました。

ただ時代も令和になって、これまでの年齢に対する定義は意味を成さなくなったように思います。

今このときの平均寿命のおよそ80歳が、一気に大きく伸びるわけではありませんが、かくしゃくとした90歳や100歳の長寿者をいくらでも見かけます。

もはや「‘人生100年’の時代がやって来た」と表現しても、それほど違和感を覚えない時世になりました。

そんな訳で令和時代には、論語ほかの古典が出どころの年代を表すあらゆる言葉の内容も、もはや違ってしかるべきと感じます。

その筆頭が「不惑」です。

不惑は40歳などではなく、50歳もいっきに飛び越して60歳とするべきではないか、と思います。

40歳どころか60歳でも人は惑い悩みまくります。還暦過ぎの今この時の筆者が良い見本。60歳が不惑と定義されてもまだ若すぎると感じるほどです。

その伝でいくと知命(50)が70歳。還暦は80歳。古希(70)が90歳となり喜寿(77)は97歳。かつて「想像を超える長生き」の意味があった米寿は108歳です。

だが正直に言いますと、人の寿命が伸びつづける今は108歳でさえ想像を超えた長生き、というふうには感じられません。

筆者には想像を絶する長生きは108歳ではなく、またここイタリアのこれまでの長寿記録の最高齢である117歳でもなく、120歳をはるかに超える年齢というふうに感じられます。

「想像を超える」とは、実在するものを超越するコンセプトのことでしょうから、ま、たとえば130歳あたりが令和の時代の米寿ではないか、とさえ思うのです。

 

 

 

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外国留学者は少数派だが大いなる特権派でもある 

岸田首相が自身の秘書官の「同性婚は見るのも嫌だ」と発言した差別問題に関連して、「私自身もニューヨークで少数派(マイノリティー)だった」と公言したことに違和感を覚えました。

どうやら差別問題の本質を理解しないらしい空疎な言葉に対しては、強いバッシングが起きるだろうと思って見ていました。

だが批判らしい言説は何も起こっていないようです。そこで筆者が自分で言っておくことにしました。

まず総理大臣秘書官の愚かな発言は、それに先立って表明された岸田首相の「(同性婚を認めれば)社会が変わってしまう」という趣旨のこれまた歪つな発言に続いて出たものであることを確認しておきたい。

つまり秘書官の差別発言の元凶は岸田首相の中にある差別意識、という一面があります。

秘書官はボスの意に沿いたいという忖度からあの発言をした可能性があるのです。むろん、だからと言って彼自身の差別体質が許されるわけではありません。

有体に言えば、岸田首相と秘書官は同じ穴のムジナです。

政権トップとその側近が同性愛者への強い差別意識を持っているらしい事態は、日本国民の多くが同じ心的傾向を秘匿していると示唆しています。

岸田首相の「私も少数派(マイノリティー)だった」発言を聞いて、筆者は即座に「やはりその程度の認識しか持てない人物か」と妙に腑に落ちました。

筆者には岸田首相が、自らの言葉を持たない無個性の“アンドロイド宰相”というふうに見えます。

のっぺらぼうの奇妙な権力者は、虚言癖の強い歴史修正主義者だった安倍元首相と、言葉を知らない朴念仁の菅前首相に続いて出て来ました。

筆者は3代続く日本のトップにいずれ劣らぬ違和感を抱いています。岸田首相の「私も少数派だった」発言に対する筆者の率直な反応は、その違和感ゆえの自然な作用でした。

日本人留学生は、国内に留まっている日本人から見れば少数派(マイノリティー)などではなく、言わばむしろ特権派でしょう。日本を出て外国に学ぶことができる者は幸いです。

留学生にとっては、渡航先の国で味わう少数派としての悲哀よりも、「幸運な特権派」としての歓喜のほうがはるかに大きい。

日本を飛び出して、貧しいながらも外国で学ぶ体験に恵まれた筆者にはそれが実感として分かります。

外国で日本人留学生が受ける眼差しや待遇は、「多様性を体現する者」への暖かくて強い賛同に満ちたものである場合がほとんどです。

一方、荒井勝喜前首相秘書官の差別発言は、国内の少数派に向けて投げつけられた蔑視のつぶてです。

子供時代とはいえ、ニューヨークで勉学することができた岸田首相が「少数の日本人の1人」として特別視された、あるいは特別視されていると感じた事態とは意味が違う。

そうではあるものの、岸田首相が彼自身の言葉が示唆しているようにニューヨークで日本人として差別されたことがある、あるいは「差別されたと感じた」経験があるならば、それはそれで首相のまともな感覚の証だから喜ばしいことです。

それというのも外国、特に欧米諸国には白人至上主義者も少なからずいて、彼らは白人以外の人間を見下したり排斥したがったりします。そこには明確な差別の情動があります。

岸田首相はかつてそうした心情を持つ人々から差別されたのかもしれません。だが一方で岸田少年は、多様性を重んじる心を持つ人々の対応を“差別”と勘違いした可能性も高い。

多様性が尊重される欧米社会では、他とは“違う”ことこそ美しく価値あるコンセプトと見なされます。人々は日本からやって来た岸田少年を、“違う”価値ある存在として特別視した可能性が大いにあります。

ところが日本という画一主義的な社会で育った者には、“他と違う”ことそのものが恐怖となるケースもあります。世間並みでいることが最も重要であり、同調圧力のない自由闊達な環境が彼らにとっては重荷になるのです。

岸田少年が、徹頭徹尾ポジティブなコンセプトである“多様性”の意味を未だ知らず、NYの人々に“違う者”として見られ、規定されたことに疎外感を感じた可能性は高い。

むろんそうではなく、先の白人至上主義者あるいは人種差別主義者らによって差別された可能性も否定はできません。

外国のそれらの差別主義者と日本国内の差別主義者は、どちらも汚れたネトウヨ・ヘイト系排外主義者の群れです。だが両者の間には大きな違いもあります。

欧米の差別主義者は明確な意志を持って対象を差別しています。ところが日本の差別主義者は、自身が差別主義者であることに気づいていない場合も多い。

その証拠のひとつが、黄色人種でありながら白人至上主義者にへつらう一味の存在です。

白人至上主義者はむろん黄色人種の日本人も見下しています。

だが表は黄色いのに中身が白くなってしまったバナナの日本人は、そのことに気づかない。気づいていても見えない振りをします。

差別されている差別主義者ほど醜く哀れなものはありません。

同性愛者を差別し侮辱するのは、多くの場合自らを差別している差別者にさえへつらうそれらのネトウヨ・ヘイト系の連中と、彼らに親和的なパラダイムを持つ国民です。

それらのうち最も性質(たち)が悪いのは、自らが他者を差別していることに気づかない差別者です。そしていわゆる先進国の中では、その類の差別主義者は圧倒的に日本に多い。

日本が差別大国である理由は、差別の存在にさえ気づかない“無自覚”の差別主義者の国民が、一向に成長しないことです。

岸田首相は同性愛者を差別する国民を批判しようとして、「私もニューヨークで少数者(マノリティー)だった」と差別の本質に無知な本性が垣間見える発言をしてしまいました。

外国に住まう日本人の中には、日本人として差別を受けたことはない、と断言する者もいます。

それが真実ならば、彼らは日本人を好きな外国人のみと付き合っていれば済む幸運な境遇にいる者か、差別に気づかない鈍感且つ無知な人間か、もしくはバナナです。

バナナとは既述のように表が黄色く中身が白い日本人のこと。自らがアジア人であることを忘れてすっかり白人化してしまい、白人至上主義者とさえ手を結ぶ輩のことです。

差別発言で更迭された荒井勝喜・前首相秘書官は十中八九そうした類の男でしょう。そして筆者は岸田首相も彼の秘書官に近い思想信条を持つ政治家ではないか、と強く疑っています。

日本国内における同性愛者への差別とは、日本人が同じ日本人に向けて投げつける憎しみのことです。岸田首相はそれを是正するために動かなければならない立場にいます。

ところが首相は自らの外国での体験を、気恥ずかしい誤解に基づいて引き合いに出しながら、あたかも問題の解決に腐心している風を装っています。

一国の宰相のそんな動きは、恥の上に恥の上塗りを重ねる浅はかな言動、と言っても過言ではないように思います。

 

 

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同性愛は異性愛と同じ愛情表現である

同性婚は「見るのも嫌だ」という荒井勝喜総理大臣秘書官の発言が、世界を震撼させています。

政権中枢にいる人間が、これだけあからさまな差別発言ができる日本は、本当に先進国なのでしょうか?

ネトウヨヘイト系差別主義者らが主導するようにさえ見える、度し難い日本の未開性はひたすら悲しい。

赤裸々な差別感情を開示した秘書官は同姓婚が嫌いと言いましたが、それはつまり同性愛また同性愛者を憎むということです。

同性愛者が差別されるのは、さまざまな理由によるように見えますが、実はその根は一つです。

つまり、同性愛者のカップルには子供が生まれない。だから彼らは特にキリスト教社会で糾弾され、その影響も加わって世界中で差別されるようになりました。

それはある意味理解できる思考回路です。

子孫を残さなければあらゆる種が絶滅します。自然は、あるいは神を信じる者にとっての神は、何よりも子孫を残すことを優先して全ての生物を造形しました。

もちろんヒトも例外ではありません。それは宗教上も理のあることとされ、人間の結婚は子孫を残すためのヒトの道として奨励され保護されてきました。

だから子を成すことがない同性愛などもってのほか、ということになりました。

しかし時は流れ、差別正当化の拠り所であった「同性愛者は子を成さない」という命題は、今や意味を持たずその正当性は崩れ去ってしまいました。

なぜなら同性愛者の結婚が認められた段階で、ゲイの夫婦は子供を養子として迎えることができます。生物学的には子供を成さないかもしれませんが、子供を持つことができるのです。

同性愛者の結婚が認められる社会では、彼らは何も恐れるべきものはなく、宗教も彼らを差別するための都合の良いレッテルを貼る意味がなくなります。

同性愛者の皆さんは 大手を振り大威張りで前進すればいい。事実欧米諸国などでは同性愛者のそういう生き方は珍しくなくなりました。

同性愛者を差別するのは理不尽なことであり100%間違っている、というのが筆者の人間としてのまた政治的な主張です。

それでいながら筆者は、ゲイの人たちが子供を成すこと、あるいは子供を持つことに少しの疑念を抱いていた時期もあった、と告白しなければなりません。

彼らが子供を持つ場合には、親となるカップルの権利ばかりが重視されて、子供の権利が忘れ去られ ているようにも見えます。筆者はその点にかすかな不安を覚えた時期がありました。

だが考えを進めるうちにその不安には根拠がないと悟りました。

1人ひとりは弱い存在であるわれわれ人類は、集団として社会を作りそこで多様性を確保すればするほど環境の変化に対応できるようになります。つまり生存の可能性が高まります。

同性愛者が子供を持つということは、人工的な手法で子を成すにしろ養子を取るにしろ、種の保存の仕方にもう一つの形が加わる、つまり種の保存法の広がり、あるいは多様化 に他なりません。

従って同性愛者の結婚は、ある意味で自然の法則にも合致すると捉えることさえできます。否定する根拠も合理性もないのです。

それだけでは終わりません。

自然のままでは子を成さないカップルが、それでも子供が欲しいと願って実現する場合、彼らの子供に対する愛情は普通の夫婦のそれよりもはるかに強く 深いものになる可能性が高い。

またその大きな愛に包まれて育つ子供もその意味では幸せです。

しかし、同性愛者を否定し差別する者も少なくない社会の現状では、子供が心理的に大きく傷つき追い詰められて苦しむ懸念もまた強い。

ところがまさのそのネガティブな体験のおかげで、その同じ子供が他人の痛みに敏感な心優しい人間に成長する公算もまた非常に高い、とも考えられます。

要するに同姓愛者の結婚は、世の中が差別によって作り上げる同姓婚の負の側面を補って余りある、大きなポジティブな要素に満ちています。

さらに言いたい。

子供の有無には関わりなく、同性愛者同士の結婚は愛し合う男女の結婚と何も変わりません。

好きな相手と共に生きたいという当たり前の思いに始まって、究極には例えばパートナーが病気になったときには付き添いたい、片方が亡くなった場合は遺産を残したい等々の、切実且つ普通の願望も背後にあります。

つまり家族愛です。

同性愛者は差別によって彼らの恋愛を嘲笑されたり否定されたりするばかりではなく、そんな普通の家族愛までも無視されます。

文明社会ではもはやそうした未開性は許されません。同性結婚は日本でもただちに、全面的に認められるべきです。

荒井勝喜総理大臣秘書官の差別発言は、人類が長い時間をかけて理解し育んできた多様性という宝物に唾吐くものです。彼が職を解かれたくらいで済まされるほど軽い事案ではないと考えます。

 

 

 

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銃を統べる 理由(わけ)

コロナ禍で中断していた射撃訓練を再開しました。

始めてすぐに、自分の中の拳銃への恐怖心がほぼなくなっていることに気づきました。

うれしい誤算でした。

撃ち方を習うのは、身内に巣食っている銃への恐怖心を克服するのが目的です。

筆者はその恐怖心を偶然に発見しました。それから20年ほど後に猟銃の扱い方を習得しました。

次に拳銃の操作を習い始めました。

稽古を始めたのは2019年の9月。射撃場に10回前後通ったところでコロナパンデミックがやってきました。

ほとんどの公共施設と同様に射撃場も閉鎖されました。2021年には条件付きで再開されましたが、全く訪ねる気になりませんでした。

2022年も同じ状況で過ごしました。

銃を殺傷目的の武器として扱うのではなく、自分の中の嫌な恐怖心をなくすための実習であり訓練です。それでも銃撃法を習うのは決して心おどる作業ではありません。

コロナ疲れもありましたが、稽古を再開するのは億劫でした。

先日、ようやく踏ん切りがついてほぼ3年ぶりに射撃場に行きました。

そこは世界的に有名なイタリアの銃器製造メーカー 「ベレッタ」の近くにあります。わが家からは車で30分足らずの距離です。

前述の如く、練習を再開してすぐにうれしい発見をしました。

てきぱきと銃を扱うところまではまだ行きませんが、それを手にすることを恐れない自分がいました。

予想外の成り行きでした。

危険防止の細心の注意をはらいながら、弾を込め、安全装置を解除して的に向けて射撃をする。

終わると銃口をしっかりと前方に向けたまま弾倉をはずし、再び弾を装てんし、両手と指を決められた仕方で慎重に組み合わせ、制動しつつ撃つ。

その繰り返しを心穏やかにできるようになっていました。

それは楽しいとさえ感じられました。

射撃がスポーツと捉えられる意味も初めて腑に落ちました。

恐怖心の克服が成ったいま、射撃練習を続ける意味はありません。が、せっかくなので目標に正確に撃ちこめるようになるまで続けようかとも考えています。

とはいうものの、習熟して射撃大会に参加するなどの気持ちにはなれません。

的確な銃撃のテクニックが役に立つことがあるとすれば、おそらくそれは家族と自分を守るために行動する時でしょう。

そんな日は永遠に来ないことを願いつつ、醜いが目覚ましいほど機能的な奇妙な道具を、とことんまで制圧してやろうと思います。

 

 

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ザ女優・ロロブリジーダの寂寥

2023年1月16日、イタリア人女優のジーナ・ロッロブリジダが95歳で亡くなりました。

ちょうど同じ日にマフィアの最後の大ボスとも呼ばれるマッテオ・メッシーナ・デナーロが、30年の逃亡生活を経て逮捕されました。

翌日、イタリアきっての高級紙「Corriere Della Sera」は二つの出来事を一面トップに並べて報道しました。

他の紙面も、テレビほかのメデァイアの扱いもほとんど同じでした。

筆者はロッロブリジダと実際に会ったこともありながら、面識などあるはずもないメッシナ・デナーロの逮捕劇を優先して記事に書き、発言し、女優の死については後回しにしてきました。

イタリアでは大女優として扱われるロッロブリジダですが、筆者の中ではあまりそういう印象がありっませんでした。彼女が出演した映画もいくつかは観ているはずですが、記憶が薄い。

女優とは一度テレビのインタビューの仕事をしました。

当時彼女は60歳代半ばあたりの年齢だったと思います。女優業は既に休止して写真家として活動していました。

スタジオインタビューの際、彼女は照明の一つ一つに注文をつけました。われわれスタッフに指図をして彼女の好みの位置に照明を移動しろ、というのです。

映像は光の芸術とも呼ばれます。照明は絵作りの命のひとつです。

撮影現場で照明を担当する責任者が「撮影監督(Director of Photography)」と作品そのものの監督以外で唯一“監督“の名をつけて呼ばれるのも、その仕事が極めて重要なものだからです。

ロッロブリジダは女優業を休んで写真家として活動していたこともあり、照明にこだわったのかもしれません。だが、撮影対象の彼女が、撮影のプロのわれわれに照明の指図をするのはあまり歓迎はされません。

しかし、それはスタジオでの単純なインタビューであり、照明はできるだけフラットに鮮明にするだけのもので、陰影や深みや色調その他を考慮して映像を詩的に美しく作り上げようとする類のものではありませんでした。

だからわれわれはあまり怒ることもなくロッロブリジダの主張を受け入れました。

彼女の注文は、初老の女優が、肌や容貌の衰えをなんとか胡麻化したい一心で出しているもの、と筆者の目には映りました。

当時、女優の半分程度の年齢だった筆者は内心で苦笑しました。隠しきれない老いを隠そうとする彼女の姑息を、少し軽蔑する思い上がりも若かった筆者の中にはあるいはあったかもしれません。

今、当時の女優とほぼ同じ年齢になって彼女の訃報に接したとき、筆者は照明に注文をつけた女優の心理を「日々是好日」という禅語にからめて感慨深く思い出しました。

筆者は学生時代に初めてその言葉を知ったとき、「毎日が晴れた良い天気だ」と勝手に理解し、これは愚かな衆生に向かって「たとえ雨が降っても風が吹いても晴れた良い天気と思い(こみ)なさい。そうすれば仏の慈悲によって救われる」という教えだと勘違いしました。

そこにはまやかしと偽善の東洋的思想、日本的ものの見方が集約されていると大いに僻見し、禅哲学なるものを嫌いました。

だがずっと後になって気づいた日々是好日という言葉の真意とは、どんな天気であってもそれ自体が素晴らしい時間だ、ということです。

つまり雨の日は雨の日の、風の日は風の日の面白さがある。あるがままの姿の中に趣があり、美しさがあり、楽しさがある。だからそれを喜びなさい、という意味です。

ジーナ・ロッロブリジダはインタビューされたとき、老いを受け止めて日々是好日と達観できず、若かりし頃の筆者の間違った解釈と同じように、悪い天気も良い天気と思い込みたがっていました。

老いから目をそらして、自分はまだ若く美しいと信じたがっていました。

その思い込みは老醜を安らげるどころか加速させるだけです。筆者が当時、照明にこだわる彼女に覚えた違和感もそこに根ざしていました。

彼女はその後、老いを受け入れて安らかに生きることができたのだろうか、と筆者は女優の訃報を悲哀感とともにかみしめました。

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