イラスト:© ザ・プランクス
猟犬のヴィットガビは、呼吸がうまくできないので、とても苦しかった。
でも、飼い主の猟師の命令なので、瓦礫(がれき)の下にうずくまってじっとしていた。
ヴィットガビは文字通り息をころしてはいつくばっていた。息を詰めたのはあえてそうしたのではなかった。呼吸がほとんどできなかったのだ。
それでもヴィットガビはがまんした。がまんをするのは慣れていた。
若い時は忍耐が足りずに少しさわいで・騒いで、飼い主にぶたれたりしたこともある。
が、年をとって動きが鈍くなったいまは、がまんをするのはたやすいことだった。思うように動けなければ、じっとしているしかないからだ。
ヴィットガビが生まれたヴァル・トロンピは、北イタリア有数の山岳地帯。
南アルプスに連なるロンバルディアの山々の緑と、澄んだ空の青と、多彩な花々の色がからみ合って輝き、はじけ、さんざめく。
自然の豊富なヴァル・トロンピア地方はまた、ハンティングのメッカでもある。
ヴィットガビは、生まれるとすぐに猟犬として訓練され、子犬のころから野山を駆けまわって飼い主の狩りの手伝いをしてきた。
だが、ここ数年は速く走って獲物を追いかけたり、主人が撃った獲物をうまく押さえこんだりするのが思うようにできなくなって、彼にしかられることが多くなった。
それでも、じっとがまんさえしていれば、主人の怒りはやがておさまって、すこしの食べ物ももらえた。
年老いたヴィットガビは、昔以上にがまんをすることで生きのびることをおぼえた。
今やヴィットガビにとって生きるとは、「我慢をすること」にほかならなかった。
ヴィットガビはいつものようにじっとがまんした。苦しくても、いつまでもがまんをした。
ヴィットガビは知らなかったが、彼が瓦礫の下にうずくまってから40時間が過ぎようとしていた。
彼はひくく吠えつづけた。吠えることで呼吸困難からのがれようとした。
瓦礫の近くを通りかかった人がヴィットガビのうめき声に気づいた。驚愕した通行人はすぐさま警察に連絡を入れた。
駆けつけた2人の警官が、取るものもとりあえず素手で瓦礫を掘り起こしにかかった。通行人もあわてて手を貸した。
瓦礫を50センチほど掘り起こしたと、ガラクタにまみれてあえいでいる中型犬が見えた。
警官が助け出すと、ヴィットガビは安心したのか吠えるのを止めた。
飼い主に生き埋めにされたヴィットガビは、そうやって九死に一生を得た。
動物虐待の罪でヴィットガビの飼い主は逮捕された。彼は警官にこう言い訳した。
なぜならヴィットガビは生きる喜びで輝いていた。与えられたたくさんの水を飲み干し、食事に飛びつき、われを忘れて食べて食べて食べまくって、たちまち元気になった。
あきらかに嘘をついている飼い主の男は、拘禁と多額の罰金刑に処せられた。
それでは納得しない者、特に動物愛護過激派の人々は、飼い主の男を生き埋めにしろと怒った。
だが男は生き埋めにされることはなく、新しい猟犬を手に入れてせっせと猟に出ては殺戮をくり返している。
official site:なかそね則のイタリア通信