JSTV突然サービス終了のひじ鉄砲

ことし5月、ロンドン拠点の有料日本語放送局JSTVが、10月末日をもってサービスを終了すると発表しました。

JSTVはNHK傘下のNHKコスモメディアヨーロッパが所有する放送局です。

筆者はJSTVの黎明期からおよそ30年にわたって視聴してきたので、いきなりの宣告に正直驚きました。

突然放送が打ち切りになることもそうですが、「JSTV」のサービス終了を決めたことをここにお知らせします、という高飛車なアナウンスの仕方にもびっくりしました。

倒産する企業なんてそんなものかもしれませんが、大NHKがバックについている割にはなんともお粗末な内容だと思いました。

もっともある意味では、大NHKがバックについているからこそそんなアナウンスの仕方になったのかもしれません。

さて自身もテレビ屋である筆者は、テレビ番組を作るのと同程度にテレビを見ることも好きなので、JSTVがなくなる11月以降はどうしようかと少し困惑気味です。

その個人的な事情はさておき、NHKがJSTVを見捨てることの大局的な見地からの喪失感が大いに気になります。

JSTVはヨーロッパ、北アフリカ、中東、ロシアを含む中 央アジア地域の60を超える国に住む日本人に日本語の番組を提供する目的で設立されました。

突然の放送打ち切りの理由として同局は、「加入世帯数の減少と放送を取り巻く環境の変化」によりサービスの継続が困難になったから、としています。それが事実なら非常に残念です。

なぜなら筆者にはその主張は、「インターネットに負けたので放送を止めます」としか聞こえないからです。NHKは本気でインターネットの前から尻尾を巻いて逃げ出すつもりなのでしょうか?

テレビ放送がWEBサービスに押されて呻吟している今こそ、逆にNHKはJSTVを支えて存続させるべきではないでしょうか。

JSTVは今さき触れたように、欧州を中心とする60余国に住む邦人に母国語の放送を提供しています。重要な使命です。

だがそれだけではありません。JSTVは日本語を学んだり学びたい人々、あるいは日本に関心のある域内の外国人の拠り所となり喜びももたらしています。そのことを見逃すべきではありません。

JSTVは日本人視聴者が外国人の友人知己を招いて共に視聴することも多い。

例えば筆者なども、日本に関する情報番組などを親しい人々に見せて楽しんだり学ばせたりすることがあります。大相撲中継に至っては、友人らを招いて共に観るのは日常茶飯事です。

そうした実際の見聞ばかりではなく、衛星を介して日本語放送が地域に入っている、という事実の心理的影響も大きい。

日本語の衛星放送が見られるということは、日本の国力を地域の人々に示すものであり、それだけでも宣伝・広報の効力が生まれて国益に資します。

公共放送であるNHKは、そうした目に見えない、だがきわめて重要な要素も考慮してJSTV存続に向けて努力するべきと考えます。

JSTVのウエブサイトでは、「JSTV」終了後にNHKがインターネットも活用した視聴方法について準備・検討を進めている」としています。

それは是非とも実行してほしいと思いますが、もっと良いのは、インターネットに対抗し同時に共存するためにも、今の放送を継続することです。

 

 

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オランダ・ルッテ首相の真意はどこ?

これはあくまでも心証です。少しの楽観論も入っています。

先日、オランダのマルク・ルッテ首相が政界から引退すると表明したことに少し感服する思いでいます。

中道右派の自由民主国民党(VVD)を率いるルッテ首相はまだ56歳。

脂ぎった性格の者が多くいつまでも権力に固執する傾向が強い政治家らしからぬ潔さ、と感じるのです。

ルッテ氏は2010年10月に首相に就任しました。以来およそ13年に渡った在任期間はオランダ史上で最も長い。

オランダはほぼ全ての欧州の国々と同様に難民・移民問題で大きく揺れています。

同国は人口約1700万人の小国ですが、歴史的に移民を受け入れて成長した多民族国家であり千姿万態が美質の国です。

国土が狭く貧しいため、歴史的に世界中の国々との貿易によって生存を確保しなければなりませんでした。

宗教の多様性に加えて、貿易立国という実利目的からも、オランダは常に寛容と自由と開明の精神を追求する必要がありました。

オランダは国の経済状況に応じて世界中から移民を受け入れ発展を続けました。

だが近年はアフリカや中東から押し寄せる難民・移民の多さに恐れをなして、受け入れを制限する方向に動くことも少なくありません。

保守自由主義者のルッテ首相は、流入する難民の数を抑える政策を発表。だが連立政権を組む中道左派の「民主66」と「キリスト教連合」の造反で政権が崩壊しました。

ルッテ首相はこれを受けて、総選挙後に新内閣が発足した暁には政界を去る、と明言したのです。

筆者は日本とイタリアという、よく似た古い体質の政治土壌を持つ国を知る者として、彼の動きに感銘を受けました。

イタリアにも日本にも老害政治家や蒙昧な反知性主義者が多い。加えて日本では世襲政治家も跋扈しています。

日伊両国の感覚では、政治家としてはまだ若いルッテ首相が、あっさりと政界に別れを告げた潔さに、筆者は知性の輝きのようなものを見るのです。日伊の政治家とはずいぶん違うと感じます。

ルッテ首相が示したエリートまた教養主義的な面影は、得てして左派政治家に見られるものですが、この場合は保守主義者のルッテ氏であるのがさらに面白い。

大国ではないが政治的腕力の強いオランダを長く率いる間には、ルッテ首相は財政面でイタリアに厳しい姿勢で臨むなど、強持ての一面も見せました。だが、印象は常に潔癖な知性派であり続けました。

そんなたたずまいも彼の政界引退宣言と矛盾しないのです。

そうはいうものの、しかし、ルッテ氏も権謀術数に長けた政治家です。前言を翻して今後も政界に留まらないとも限りません。そこは少し気をつけて見ていようと思います。

 

 

 

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高市早苗氏に媚びる読売新聞が日本メディア全体の地金である

6月半ば、イタリアへ向けて飛ぼうとする日の早朝、滞在先のホテルが部屋に届けてくれる新聞4紙に目を通しました。

4紙のうちの読売新聞が、高市早苗経済安全保障相をポスト岸田の候補のひとり、とするヨイショ記事を載せていました。

筆者が日本に滞在中には他の3紙には、そういう類の記事は書かれなかったと思います。

メディアを支配できる、また支配しなければならないとする不遜な思想を持つ政治家を、メディアの一角である読売新聞が忖度し持ち上げるのは、同紙がメディアの名に値しないことを示しています。

そうはいうものの、しかし、他のメディアも彼女の闇をとことん追及しないところを見れば、みな同じ穴のムジナですが。

筆者が日本の新聞を読むのは、帰国している時ぐらいです。イタリアでは主に衛星テレビとネットで日本の情報を追います。

そこを介してみる限り、7月10日現在、日本のメディアが高市大臣の暗い危険な思い込みを探査している様子は最早ありません。

日本のメディアは高市経済安保相の尊大で危険な思想をなぜ徹底的に論難しないのでしょうか。

熱しやすく冷めやすく且つ羊っぽい国民が、もうすっかり忘れたか諦めたかしたからでしょうか。

ならばメディアは、国民の記憶を呼び覚まし不正義への抗議を炊きつけるべく果敢に報道を続けるべきです。

それともメディアは国民に倣って、高市大臣の危険思想は自然消滅したとでも見做しているのでしょうか。

すると高市問題は、あるいはこのままうやむやになって、彼女は日本初の女性首相になるのでしょうか。

だが

メディアの監視と批判に耐えられない政治家は首相になるべきではありません。

メディアを抑圧し制御できると考える政治家は、政治家でさえありません。

それは単なる独裁者です。

独裁者かもしれない政治家の本性を徹底検証しようとしないメディアは、どうやら彼女の逃げ切りを許してしまったらしい野党と同罪の、悲惨コッケイなからくりです。

 

 

 

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イタリア初の女性首相の精悍

イタリアではベルルスコーニ元首相が6月12日に死去した直後から、彼も参与していたメローニ政権の先行きを危ぶむ声が多く聞かれました。

86歳だったベルルスコーニ元首相はキングメーカーを自認し、周りからは政権の肝煎りとしての役割も期待されていました。

メローニ政権は首相自身が党首を務める「イタリアの同胞」と故ベルルスコーニ氏が党首だった「フォルツァ・イタリア」、またサルビーニ副首相兼インフラ相が党首の「同盟」の3党連立政権です。

連立を組む3党はいずれも保守政党。イタリアでは中道右派と規定されます。だがその中で中道の呼び方にふさわしいのは、元首相の「フォルツァ・イタリア」のみです。

メローニ首相率いる議会第1党の「イタリアの同胞」は、ファシスト党の流れを汲む極右政党。政権第2党の「同盟も極右と呼ばれることが多い超保守勢力です。

「フォルツァ・イタリア」も極右2党に迫るほどの保守派ですが、ベルルスコーニ元首相を筆頭に親EU(欧州連合)で結束しているところが2党とは違います。

メローニ首相はベルルスコーニ政権で閣僚を務めたこともある親ベルルスコーニ派。「同盟」のサルビーニ党首も、過去に4期、計9年余も首相を務めたベルルスコーニ氏に一目置いている、という関係でした。

ベルルスコーニ元首相が政権の調整役、という役割を負っても不思議ではなかったのです。

政権の副首相兼インフラ大臣でもあるサルビーニ「同盟」党首は、野心家で何かと独善的に動く傾向があり、過去の政権内でも多くの問題を起こしています。

そのためベルルスコーニ元首相の死去を受けて、サルビーニ副首相兼インフラ相が俄かに勢いづいて動乱の狼煙をあげるのではないか、と危惧されました。

それは杞憂ではありませんでした。サルビーニ氏は先日、来たる欧州議会選挙ではフランス極右の国民連合と、ドイツ極右の「ドイツのための選択肢」とも共闘するべき、と主張し始めたのです。

するとすぐに「フォルツァ・イタリア」の実質党首で外相のタイヤーニ氏が、極右の2党とは手を結ぶべきではない、と反論。連立政権内での軋みが表面化しました。

「フォルツァ・イタリア」はベルルスコーニ党首の死後、ナンバー2のタイヤーニ外相(兼副首相)が党を率いていますが、彼にはベルルスコーニ元首相ほどのカリスマや求心力はありません。

それでも政権内ではタイヤーニ外相の存在は軽くありません。彼とサルビーニ氏の対立は、一歩間違えば政権崩壊への道筋にもなりかねない重いものです。

メローニ首相は、前述の欧州最強の極右勢力との共闘については今のところ沈黙しています。

彼女は選挙前、サルビーニ氏以上の激しさで極右的な主張を展開しました。だが総選挙を制して首班になってからは、激烈な言動を控えて聡叡になりました。

ある意味で一国のトップにふさわしい言動を続けて、風格さえ漂わせるようになったのです。

メローニ首相にはもはやベルルコーニ元首相のような仲介役は政権内に要らないのかもしれません。独自にサルビーニ氏をあしらう法を編み出したのではないか、と見えるほど落ち着いています。

彼女がこの先、サルビーニ“仁義なき戦い”大臣をうまく制御できるようになれば、連立政権は長続きするでしょう。

だがその逆であるならば、イタリア初の女性首相の栄光は終わって、早晩イタリア共和国の「いつもの」政治不安の季節が訪れるに違いありません。

 

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