米朝首脳会談の茶番劇が犯した罪の大きさ

どんなに中身のない首脳会談になろうとも、二人は会わないよりは会った方が良い、とそれまで僕は思っていました。6月12日にシンガポールで行われたドナルド・トランプ大統領と金正恩委員長の首脳会談後に、トランプ大統領が発表した、共同声明の内容を聞くまでは。発表された共同声明の内容を詳しく知って、僕は膝から崩れ落ちそうになりました。これでは首脳会談をキャンセルした方がはるかにマシだったではないか!

朝鮮半島の非核化の実現は、大きく後退しました。肝心の北朝鮮が核兵器を廃棄するプロセスや時期、IAEAの査察など、北朝鮮に約束を守らせるために必要な、具体的な手順が何一つ決められていなかったからです。大切なのは北朝鮮に「核兵器廃絶するという約束」を取り付けることではありません。「約束」ならこれまでにも何回も北朝鮮は署名しています。「約束」しておきながら、それを守らない状態が長年続いているわけです。今回期待されたのは、「約束」をすることではなく、約束を「守らせる」こと、すなわち「具体的に実行させる」ことだったのですが、それが何一つ書かれていません。無意味を通り越して、後退させたと言うべきです。

「約束」なら、今年4月に南北首脳会談で発表された、板門店宣言を思い浮かべる人も多いでしょう。宣言では「朝鮮半島の完全非核化を目指す」とされています。それよりも国際的にこれまではどういう状態だったのか。米朝両国に日韓中ロの4か国を加えた6か国協議では、既に2005年9月に共同声明が発表されていて、北朝鮮がすべての核兵器と既存の核計画を放棄するとともに、NPT=核拡散防止条約に早期に復帰してIAEA=国際原子力機関の査察を受け入れることなど、具体的な措置が明記されています。2007年2月には6か国協議で、北朝鮮が60日以内にニョンビョン(寧辺)の再処理施設を含む核施設を停止し、これを確認するためのIAEAの査察官の活動を認める宣言がなされています。

核兵器廃絶の約束? そんなもん、何度でもサインしてやるよ。

ここまで具体的な「約束」を取り付けておきながら、北朝鮮は核実験を繰り返し、長距離弾道ミサイルの開発を続けてきました。すなわち約束など守る気は毛頭無かったのが北朝鮮です。それ故に経済制裁など国際社会から圧力を受けていたのです。ここに来て求められていたのは、アメリカ合衆国のポンペオ国務長官が絶対条件としていたとおり、「CVID=完全検証可能かつ不可逆的な非核化」であり、トランプ氏はその実現に向けた工程表を作成して金正恩氏と合意し、これを守らなかった場合の罰則規定まで盛り込むことだったはずです。しかしトランプ氏は従来通り、単に「核を廃絶するという約束」を繰り返しただけであり、その具体性のなさは過去の6カ国協議よりも大きくステップバックしてしまいました。

おまけに金正恩氏に対しては、現在の政治体制の維持を確約してしまいました。兄を暗殺し、側近を粛正し、国民には自由と人権を認めない、とんでもない北朝鮮の金正恩政権のやり方を、アメリカ合衆国が「是」と認めてしまったのです。かつてのアメリカ合衆国は、国際社会の中で、「自由と基本的人権を尊重する民主主義」を追求するリーダー役を務めてきました。天安門事件などで自国民の言論を弾圧し、少数民族を支配する中国に対しても、「人権上の問題がある」として警笛を鳴らしてきました。時にはお節介とも思えるほどの、このアメリカ流の正義感の押しつけについては、僕は個人的には好感を持ち、敬意さえ感じていました。

トランプ政権になって以来、この「自由、博愛、平等」といった人権尊重の倫理観を世界に広めるリーダーシップに、アメリカ合衆国はまるでこだわらなくなりました。ビジネスさえできる相手なら、どんな倫理観を持ったどんな政治体制の国であっても、平気で付き合う、金銭だけを重視する価値観の国に成り果ててしまったかのようです。僕がかつて好きだったハリウッド映画、アメリカの音楽、米文学。それらに込められた自由と人権を訴えるメッセージが、今のアメリカからは失われてしまったのでしょうか。今回のトランプ氏による、北朝鮮に対する体制維持の保証は、その意味でも僕をガッカリさせるものでした。

北朝鮮が完全な非核化を果たすには、最低でも2年とか10年かかると言われています。非核化に必要なお金も、戦後補償と言われる1兆円どころではすまないでしょう。なんと220兆円とも言われています。その費用を誰が負担するのか。それについてもトランプ氏は明言しています。

「日本と韓国が費用を負担することになるだろう」

え?我々の納税した税金が、注ぎ込まれるのか? 日本国民としては、今回の米朝首脳会談を、歴史的快挙などと持ち上げている場合ではありません。北朝鮮としては喉から手が出るほどほしい日本からの莫大な経済援助。これについては拉致被害者の解放に向けた努力と引き換えに、日本が経済援助をするという約束を、小泉純一郎氏が首相だった時に平壌を訪れてやらかしてしまっています。太平洋戦争の戦後補償という名目ですが、実質的には日本人の拉致被害者を解放する、身代金ではないかと考えられます。それに加えて、核兵器廃絶に必要な費用、という名目まで北朝鮮に与えてしまったのです。

かつての経済大国だった頃の日本ならいざ知らず、今の財政難にあえぐ日本から、まだ経済援助をしなくてはならないのかと、憂鬱な気持ちになります。トランプ大統領自身は、11月に行われる中間選挙に向けて、支持率アップを図る派手なパフォーマンスのつもりでご機嫌でしょうが、この軽はずみな行動が東アジアの安全保障に与えた悪影響は、計り知れないものがあります。

おまけに8月に行われる予定だった米韓合同軍事演習も中止するという、金正恩氏にとって笑いが止まらないサービスまでプレゼントしました。定期的な米韓の共同軍事演習は、朝鮮半島の安全保障において欠かせない、日米韓サイドの実戦配備の要です。国際安全保障は、微妙なミリタリーバランスの上に、拮抗して成り立つものです。米韓軍の「Fight Tonight」の実力は高く、中国、ロシアに対しても一定の脅威を与える役割がありました。それをポッカリ開けるということは、開けられた穴を防ぐために、何らかの軍事力増強が必要になります。それは在日米軍かも知れないし、自衛隊かも知れません。予算は当然のごとく日本に求められるでしょう。

トランプ大統領にとって、在日在韓米軍の駐留経費は、もともと削減したくて仕方がなかったのです。ですから今回は渡りに船とばかりに、合同演習の中止を決断したのでしょう。大局的な東アジアの軍事バランスというものが、まったく彼には見えていないように思えます。笑いが止まらないのは金正恩氏だけではなく、中国の習近平国家主席もにんまりしていると思われます。南沙諸島での軍事基地建設が、このまま進むことが、認められたも同然だからです。これによって中国は東南アジアにおける制海権を得ることができます。

ギブアンドテイクではなく、ギブアンドギブ。アメリカ側が北朝鮮の要求を丸呑みし、一方的に金正恩氏の勝利に終わった米朝首脳会談は、たしかに歴史に名を残すかも知れませんが、トランプ氏の罪深い大失態として名を残すでしょう。そして日本にとっては将来にわたって莫大な財政支出を求められる、危機的状況を作り出したのだと言えるでしょう。

今後開かれるであろう日朝首脳会談で、拉致被害者を無償で返還させることができるかどうか。アメリカに言われたからといって、ふざけた経済援助を引き受けることなく、毅然とした態度で交渉に臨めるかどうか。そして核廃絶への確実な履行能力を担保できるかどうか、これからの安倍政権の手腕に注目していきたいと思います。

花火のように炸裂し消滅したイタリア新首相の学歴詐称問題と日本人

イタリアの2大ポピュリスト政党である五つ星運動と同盟の連立政権が発足し、五つ星運動に近い大学教授のジュゼッペ・コンテ氏が第65代イタリア首相に就任しました。政治経験が一切ないコンテ氏の首相就任までには紆余曲折がありました。

議会第1党の五つ星運動と第2党の同盟が、長い連立政権協議を経てコンテ氏を首相候補としてマタレッラ大統領に推薦したのは5月21日。その6日後にコンテ氏は憲法の規定に則って閣僚名簿をマタレッラ大統領に提出しました。

ところが、閣僚認否権を持つマタレッラ大統領は、財務相候補者が反ユーロ、反EU主義者であることを理由にこれを否認。その瞬間にコンテ内閣の成立が不可能になりました。しかし、五つ星運動と同盟はあきらめずに別の財務相候補を立てて大統領に打診。マタレッラ大統領は新財務相候補を受け入れて、コンテ氏に再び組閣要請を出しようやくコンテ内閣の誕生となりました。

実は五つ星運動と同盟がコンテ氏を首相候補としてマタレッラ大統領に推薦した直後にも、コンテ内閣が不成立になっても不思議ではない「事件」がありました。コンテ首相候補が学歴を詐称しているという疑惑が飛び出して、イタリア中が騒然となったのです。

学歴詐称の真相

コンテ首相候補の学歴詐称疑惑は、彼が政治的に全く無名の存在だったことも手伝ってメディアの興味を掻き立て、マタレッラ大統領が「連立合意をした2政党の推薦に基づいてコンテ氏を首班に指名する」というシナリオも即座に白紙に戻った、と誰もが考えたほどの騒ぎに発展しました。

しかしマタレッラ大統領は、マスコミの騒ぎに便乗することはなく、コンテ首相候補と面会して長い会談を持ちました。その上で彼に予定通り組閣要請を出したのです。そうやって学歴詐称問題はメディアが騒ぐほどの案件ではない、との大統領の判断が下される形で自然消滅しました。

大統領は実際にコンテ氏の学歴について本人に質し、それに嘘があるという一部マスコミの主張の方こそ嘘だ、とは言わないまでも大げさすぎると判定したのでしょう。コンテ首相の学歴詐称問題は、コンテ氏が短期に学んだというニューヨーク大学の記録にその記述がない、という報道から火が点いて一気に燃え上がりました。

コンテ氏の学歴にはニューヨーク大学のほかに英ケンブリッジ大学、仏ソルボンヌ大学、米イェール大学でそれぞれ短期に学び、オーストリアやマルタの大学での短期受講なども含まれています。結局それらは、勉強熱心だった若かりし頃のコンテ首相が、休暇や空き時間を利用してせっせと世界中の大学に通い、交流し、体験を積み重ねた過去を書き連ねたものだったのです。

陰謀説

ニューヨーク大学の反応の速さと、直後の騒ぎの広がり方の激しさに驚いた人々は当初、五つ星運動と同盟の連立政権構想に恐怖感を抱く「体制」側の陰謀ではないか、との疑問も呈していました。そこでいう体制側とは、まず誰もが思い浮かべるのがベルルスコーニ元首相とその周辺です。

元首相は五つ星運動とほとんど「陰惨な」と形容してもいいような政治衝突を続けています。そこに朋友だった同盟が五つ星運動と連立を組み、元首相と同盟党首のサルヴィーニ氏との間にも齟齬が生まれ始めました。元首相はいま「恨み骨髄に徹する」心境であろうことは容易に推察できます。

また元首相は、彼に科されていた公職追放処分をミラノ地裁が破棄したことを受けて、選挙に立候補し再び首相職を目指すこともあり得る、と公言しています。元首相は、2013年に脱税容疑で有罪判決を受け、議員資格を剥奪されました。同時に6年間の公職追放処分も科されました。ところがミラノ地裁は、彼の行動が模範的であるとして先日、刑期を前倒しして免責処分としたのです。

それに気を良くしたベルルスコーニ元首相は、五つ星運動と同盟が共に推薦する首相候補が誰になるのか判明しなかった時期には「我こそ首相にふさわしい」と臆面もなく発言したほどです。

そんな元首相が、自らが所有するメディア王国の情報収集力を縦横に使って、「どこの馬の骨ともしれない」コンテ氏の首相昇格を阻むために動いた、と想像するのは荒唐無稽とは言えません。

もっともその意味では、五つ星運動および同盟と犬猿の仲にあるレンツィ元首相と、彼が支配する民主党主流派にも、同じ嫌疑がかかって然るべきです。選挙で大敗を喫した前政権与党の民主党は、これまた「恨み骨髄に徹する」気持ちを新政権にぶつけて憂さばらしをしようと躍起になっていますから。

元妻の証言

突然脚光を浴びたジュゼッペ・コンテ氏は、人柄の良い生真面目な人物であるらしいことが分かりました。風貌にもそれが現れているように思いますが、筆者は一つのエピソードを知ってさらにその感を強くしました。

コンテ氏は10歳の男児の父親ですが妻とは離婚しています。その別れた妻、ヴァレンティーナさんが次のように発言したのです。
私の元夫に対する誹謗中傷は馬鹿げている。ジュセッペはすばらしいイタリア首相になるでしょう。彼の履歴には嘘はありませんと。

離婚は世の中のありふれた不運です。しかし別れた相手を尊敬し、また尊敬される関係でいるのは、決して「ありふれた」ことではありません。筆者はコンテ氏の元妻の発言に、彼の人柄の良さがにじみ出ていると感じて、少し心が温かくなったような気がしたほどでした。

日本人vsイタリア人

コンテ氏の学歴詐称は、世界中の各大学での短期の受講や研究や交流などをこれでもかと、とばかりに書き連ねたことにあります。休暇などを利用して授業に出る外部の学生の記録が、大学に残らないことは珍しくありません。ニューヨーク大学の受講生記録にコンテ首相の名がなかったのは、そういういきさつなのでしょう。

それにしても、有能な弁護士であり大学教授でもあるコンテ氏は、多くの「どうでもよい」学歴など無視して「フィレンツェ大学法学部卒業」と記せば済むことでした。実をいえば学歴や履歴を必要以上にごちゃごちゃ書き込んだり、時には誇張とさえ見られかねない書き方をするのはイタリア人の特徴なのです。

そして実は、これが一番言いたいことなのですが、日本人も同じ性癖を持っている、と諸外国では見なされているのです。欧米の大学などでは、イタリアと日本からの留学生が携えてくる彼らの大学や担当教授の推薦文はよく似ている、という評価があります。どちらも言わずもがなのことを多く記載しているというのです。

学生に対する大学の推薦文は、普通は卒業証明と成績を簡潔に述べるだけですが、イタリアと日本からの推薦文は卒業証明と成績に加えて、身体頑健で活動的で明るいとか、外交的で思いやりがあり協調的などなど、「余計なこと」を書き連ねたものが多い、とされます。

イタリア人はほめまくることが好きな国民です。人々は顔を合わせるとお互いに相手の様子を持ち上げ、装いの趣味の良さに言及し、これでもかとばかりに相手の美点を探し出して賞賛し合います。それが対人関係の全般にわたって見られるイタリア人の基本的な態度です。

ほめ殺しとさえ言いたくなるポジティブ志向の人間関係の流れの延長で、大学や大学の恩師は学生をほめあげる推薦文を書き、一般的な履歴書や学歴紹介書でも、人々はこまごまと「自らと他人をほめる」 言葉を連ねます。コンテ氏の学歴紹介もそうした習わしの一環なのでしょう。

さて、ほめたり自慢することよりも、謙遜や慎み や韜晦が好きな日本人は、そうした態度が世界ではあまり理解されないことを知って、「外国向け」の履歴書や推薦文などを書くときに「正直」を期そうと懸命に意識します。

意識し過ぎるあまり、日本人は常軌を逸して思わず余計なことまで記載するのではないか、と思います。そうやっていわば明と暗、動と静、顕示と韜晦、のように違うイタリア人と日本人の文章が似たものになるのです。

実体験

実は筆者はそのことを身をもって体験したことがあります。筆者は日本で大学を卒業した直後に、映画を学ぶ目的で英国に留学しました。ロンドンの映画学校に入学しようとするとき、筆者も東京の大学の卒業証明書と恩師の手書きの推薦書を持っていたのです。

映画制作の実践を教えるその学校は、入学の条件として学生が大学卒業資格を持っているか、または2年以上の映画実作の助監督経験があること、としていました。その上でオリジナルの英文のシナリオを提出させて考査するのでした。

筆者の恩師の推薦文には、まさしく日本人の性癖・慣習が顕著にあらわれていて「彼(筆者)は成績優秀で、健康で社交的でかつ協調性も強く云々」という趣旨のことがえんえんと書かれていました。

筆者は全く優秀な生徒ではなかったので、「成績優秀で」のくだりはあからさまな嘘と言っても構いません。しかし、それに続く健康で社交的で云々、という記述は、ま、あたらずとも遠からずというところだったろうと思います。

そうした感傷的な推薦文は、何度も言うように日本人とイタリア人に特徴的なものなのですが、筆者はそのときはそれが当たり前だと考えて何の感慨も抱きませんでした。それがちょっと普通ではない推薦文だと知ったのは、何年か後にアメリカでドキュメンタリー制作の仕事しているときでした。ある大学関係者が笑いながらそういう事情を話してくれたのです。

あれからずいぶん時間が経って今の状況は分かりません。分かりませんが、ある意味でメンタリティーが水と油ほども違う日本人とイタリア人の、外国向けの履歴書や推薦文が良く似ているのはとても面白いことだと考えています。

極論者は皆似ている

それぞれの国内向けの履歴書や推薦文は、イタリアと日本では違う部分もきっとあることでしょう。いずれにしても双方共にあまり合理的ではなく、どちらかといえばやはり情に訴えたい気持ちがあらわな、感傷的で大げさなものである場合が多いのではないか、と思うのです。

履歴書や推薦文の世界でイタリアと日本が似ているのは、あるいは例えが突然かもしれませんが、本来は違う道を行くはずの左翼と右翼が、過激に走って「極左」と「極右」になったとたんに瓜二つになる、ということにも似ています。

嘘ではないものの、本来は書くべきではない些細な勉学の体験をいちいち書き連ねたために、まるで世界のトップ大学を幾つも卒業したのでもあるかのような印象を与えてしまった、コンテ・イタリア新首相の学歴詐称物語には、意外にも日伊共通の顔が隠されていると気づいて筆者は少し愉快になったのでした。

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ついにイタリア・ポピュリスト政権が船出する

過半数を制する政党がなかった3月4日の総選挙を受けて、イタリアでは政権不在の異常事態が88日間にわたってつづいてきました。だが5月31日、ついに五つ星運動と同盟による連立内閣が成立する見通しになり、ジュゼッペ・コンテ氏を首班とするコンテ内閣が6月1日に就任宣誓を行います。

左右のポピュリスト(大衆迎合主義)勢力である五つ星運動と同盟は 5月21日、首相候補としてジュゼッペ・コンテ氏を推薦。5月27日、コンテ首相候補は閣僚名簿を提出したものの、拒否権を持つマタレッラ大統領がユーロ懐疑派の財務相候補に反発。組閣が見送られました

マタレッラ大統領は直後、彼独自の首相候補を指名して組閣要請。これには逆に五つ星運動と同盟が激しく反発。再選挙の可能性が高まりました。しかし、両党のディマイオ、サルヴィーニ党首が改めて連立を目指すとして、大統領が拒否した財務相候補パオロ・サヴォナ氏の起用を断念。あらたにローマの大学のジョバンニ・トリア教授を財務相に起用することで大統領も了承しました。

トリア教授はサヴォナ氏のようにユーロ離脱を説くほどの過激派ではありませんが、だからといって全面的なユーロ服従派でもなく、単一通貨政策の見直しとドイツの膨大な財政黒字削減を主張する改革派。意外にもベルルスコーニ元首相に近い人物です。物議をかもしたパオロ・サヴォナ氏は、いずれにしても欧州担当大臣として入閣します。

議会第1党の五つ星運動のディマイオ党首は産業労働大臣に、また第2党同盟のサルヴィーニ党首は内務大臣に就任します。同時に両氏はそれぞれ副首相職も兼任します。2人はお互いに相手が首相になることをけん制しあってきた仲です。

ディマイオ産業労働大臣は、五つ星運動の看板政策「ベーシックインカム(最低所得保障)」制度を確実に実施するために全力をつくすでしょう。それはバラマキ政策以外のなにものでもない、という根強い批判にさらされています。

また移民政策を管轄する内務省のトップに座るサルヴィーニ氏は、国内に多く存在する不法滞在者の難民・移民を排斥しようとしてしゃかりきになるでしょう。それが同盟の看板策だからです。地中海から流入する膨大な数の難民・移民には、声には出さなくとも多くのイタリア国民がいら立っています。

同盟はまた財政策でも独自の主張をしています。それが個人、法人一律の所得税15%策。実施されれば政府歳入が大幅に減ることは確実です。それは五つ星運動のベーシックインカム策同様、バラマキというレッテルを貼られています。

両党はほかに年金給付年齢の引き下げ、また消費税値上げ見送りなども主張し政権合意していて、ただちに実施される可能性が高い。両党が多くの相違点を持ちながら、「ポピュリスト」と十把ひとからげに規定されるゆえんの一つです。

それらの政策は、EU圏内最大の約300兆円もの累積債務を抱えるイタリアの財政をさらに悪化させるものとして、国内外から強い懸念が出ています。EUはイタリア発の「欧州財政危機の再来」になりかねない、として警鐘を鳴らしているほどです。

また反移民を声高に叫ぶ同盟主体の難民・移民策に関しても、EUは大きな懸念を表明しています。だが多くのイタリア国民は、地中海を渡って怒涛の勢いで同国に押し寄せる難民・移民の保護・受け入れを押し付けられた、と感じてEUを怨んでいます。イタリアで反EU感情が高ぶり続ける一因です。

より厳しい難民・移民政策を実施することが確実なイタリア新政権は、米トランプ政権に通底する政治潮流の所産です。借金を減らせ、緊縮財政を続けろ、と迫るEUに対峙する形でバラマキ政策を主張するのも同様でです。トランプ政権のアメリカ・ファーストならぬ「イタリア・ファースト」の叫びが支持されたのです。

2大ポピュリスト勢力が結びついたイタリアのコンテ新政権は、EUが強く怖れる前述のイタリア発のユーロ危機、また政治危機を誘発する可能性があります。同時に新政権は、独仏、特にドイツが支配するEUの権力構造に風穴を開けて、新たな秩序を構築する「きっかけ」になるかもしれません。

そのキーワードは、「イタリアの多様性」です。今日現在も都市国家の息吹に満たされているイタリアの政治地図は複雑です。言葉を換えればイタリアの政治勢力は分断され細分化されているのです。

イタリアの内閣がころころ変わり物事がうまく決まらないのは、第一に政治制度の不備という問題があるからです。同時にイタリア独特の都市国家メンタリティーが社会を支配しているからでもあります。独立自尊の気風が生み出す政治の多様性は、外からみると混乱に見えます。だがイタリア政治に混乱はありません。それは「混乱」という名のイタリア政治の秩序なのです。

四分五裂している政治土壌では、過激勢力は他勢力を取り込もうとして、主義主張を先鋭化させるよりも穏健化させる傾向があります。極論主義者あるいはポピュリストと呼ばれる、極左の五つ星運動と極右の同盟も例外ではありません。

彼らは元々反ユーロ、反EUの急先鋒です。ところが国内の風向きまた国外、特にEUからの懸念や批判の声を受けて徐々にトーンダウン。五つ星運動は選挙期間中にユーロからの離脱はしない、と言明。同盟も五つ星運動との政権合意を目指す協議の途中に同じことを表明しました。

彼らは同盟が主導するもう一つの過激政策、移民排撃ポリシーも徐々に穏健な形に換えていく可能性が高いと考えられます。根が優しいイタリア国民が、同盟の無慈悲な反移民策を無批判に受け入れるとは考えにくい。だがそれにも限界があります。

イタリアの新政権に懐疑的なEUが、今後もひたすら同じ姿勢でイタリアの財政策と移民政策を批判し続けるだけなら、イタリアの世論は五つ星運動と同盟の元々の過激論に傾倒していくかもしれません。

EUはイタリアの変貌に驚きうろたえることをやめて、その主張に耳を傾け自らの改革の必要性の是非にも目を向けるべきです。同時にイタリア新政権との対話を強く推し進め、信頼関係の構築に努めるべきです。それが普通に実行されれば、イタリアの過激政権もより「普通に」なっていく、と考えられます。

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