2018年の6月終わりから7月半ばまでイタリア・サルデーニャ島に滞在しました。そこでは、海とビーチを忘れて観光や食巡りに終始しましたが、サルデーニャ島の食に関しては、筆者は一つ大きな勘違いをしていました。
それは島の重要な味覚の一つである子羊料理が、一年中食べられるもの、と思い込んでいたことです。島では子羊料理は晩秋から春にかけて提供される「季節限定の膳」だ、と聞かされて驚きました。
冷凍技術の発達で、昨今のイタリアでは子羊の肉はいつでも、どこでも手に入ります。ましてや羊肉の本場のサルデーニャでは、子羊料理は一年中食べられるに違いない、と思い込んでいたのです。
ところが子羊のレシピはどこのレストランのメニューにも載っていませんでした。代わりに多く目についたのが、サルデーニャ島のもう一つの有名肉料理「ポルケッタ(Porchetta)」、つまり子豚の丸焼きです。
ポルケッタにされる子豚は幼ければ幼いほど美味とされ、乳飲み子豚のそれが最高級品とされます。そのコンセプトは子羊や子ヤギの肉の場合とそっくり同じです。
ヒトの食料にされる動植物は、果物を除けばほぼ全てにおいて、残念ながら幼い命ほど美味とされます。それどころか誕生前のさらに幼い命である卵類でさえも、ヒトは美味いとむさぼり食います
ポルケッタは2軒のレストランで食べました。皮ごと提供されるその料理は、通ほどカリカリに焼けた皮を好むとされます。筆者は通ではありませんが、見事に焼きあがった皮の美味さには舌を巻きました。
肉そのものも絶妙な柔らかさに焼きあがって舌ざわりが良く、且つ香ばしい。口に含むとほんのわずかな咀嚼でとろりと溶けました。2軒の膳ともにそうでした。
店の一軒目は壁画アートが熱いオルゴーソロの店。路上にテーブルを出しているほとんど屋台同然の質素な場所でしたが、味は極上でした。
2軒目は滞在先のすぐ近くにあるレストランでした。そこは海際の街にありながら魚料理を一切提供せず、島のオリジナルの「肉料理」にこだわって評判が高い店です。
ポルケッタを食べに初めて足を運んだあと、そのレストランには一週間ほど毎日通いました。山深い島の内陸部でなければ食べられないような肉料理が盛りだくさんだったからです。
ポルケッタの次には普通の牛ステーキに始まって、成獣羊肉や牛の内臓や豚のそれを焼き上げた料理を一週間、毎日メニューを変えて味わいました。はほぼ全ての膳が出色の出来栄えでした。
店のメインの肉料理は炭ではなく徹底して薪の熾火で焼かれます。また味付けはほぼ塩のみでなされるのが特徴で、胡椒などもほとんど使いません。
料理される内臓は主に牛の心臓、肝、肺、腎臓、横隔膜、脳みそなど。また豚の睾丸なども巧みな火加減と塩使いで焼かれて提供されます。
それらはいずれも秀逸な味付けでした。ごく普通の牛ステーキでさえもちょっとほかでは味わえないような 妙々たる風味がありました。有名なフィオレンティーナ・ステーキも真っ青になるような豊かな味覚なのです。
パスタもミンチ肉や内臓の細切り煮込みやチーズなどを活かしたソースを使って、とにもかくにも「サルデーニャ島内陸部の伝統肉料理」にこだわったものでした。
サルデーニャ島の料理の基本は肉です。島でありながら魚介料理よりも肉料理が好まれたのは、島民が海から襲ってくる外敵を避けて内陸の山中に逃げ、そこに移り住んだからです。山中には魚はいません。
現在のサルデーニャ島には素晴らしい味の魚介料理が溢れています。だがそれは島オリジナルの膳ではなく、沿岸部を中心とするリゾート開発の進行に伴って、イタリア本土の金持ちたちが持ち込んだレシピなのです。
魚料理、特にパスタに絡んだサルデーニャ島の魚介料理は、イタリア本土のどの地域の魚介パスタにも引けを取りません。当たり前です。元々がイタリア本土由来のレシピなのですから。
通いつめた店で出される島オリジナルの肉料理はなにもかもが珍しく、またどれもが目覚ましい味わいでしたが、その店での最高の料理は「羊の成獣の骨付き肉焼き」でした。
それは目を洗われるような味わいの調理でした。しっとりと焼き上げられた羊肉は、肉汁はほとんどないのに肉汁のうま味がジワリと口中に広がるような不思議で秀逸な味がしました。
さらに付け加えると羊の成獣肉の臭みはきれいに消し去られていました。しかし「子羊肉」にも共通する羊肉独特の風味はきちんと残っています。もしかすると熟成肉なのか、とも思いましたが確認はしませんでした
羊(及びヤギ)の成獣の肉料理は筆者の中では、これまでカナリア諸島で食べた一皿が一番の味でした。が、今回のサルデーニャ島の焼き羊肉がそれを抑えてあっさりとトップに躍り出ました。
それは飽くまでも羊(及びヤギ)の「成獣の肉」の味のことです。成獣よりも上品でデリケートな味わいのある「子羊の肉」は一体どんな素晴らしい味がするのだろう、と考えるとわくわくします。
筆者は今度は、子羊料理の旬だと聞かされた晩秋から春の間に、サルデーニャ島を再び訪ねてみようと決意しているほどです。
※記事タイトルの「世界一の羊肉料理」とは、ヤギ及び羊料理が好きな筆者の独断と偏見による評価です。それは今後いくらでも順位や査定や格付けが変わる可能性があります。
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