転生なるかイタリア

イタリアの新型コロナ感染者の実数が、パンデミック開始以来はじめてマイナスに転じました。感染者の実数とは、累計の総感染者数から死者数と治癒者数を差し引いたものです。

2020年4月20日時点の感染者実数は108237。前日の数字は108257。前日比20人減です。これまでの地獄絵を思えばこれは画期的な数字であり出来事です。

死者数は454。もちろんむごたらしい数字ですが、多いときには連日800人前後が亡くなり死者の総計が2万5千人にも迫ろうとするイタリアの現実では、これもまた朗報です。

治癒した患者数は増え、集中医療室の患者数は減っています。いずれも確実なトレンドらしくなってきました。新規感染者の減少傾向が確実になれば、Covid-19禍が一旦収束する道が見えてきたと考えてもいいでしょう。

言うまでもなく、治療法が見つかりワクチンが開発されるまでは全く安心はできません。それでも病気の勢いが弱くなる様子を見て、全土の封鎖・ロックダウンを緩和しようという動きも出てきました。

イタリアの経済は破壊され、生活困窮者が溢れ、学校閉鎖による子供と親のストレスは膨張し、不幸が国中を覆って文化社会生活はズタズタになっています。

だがそれらの苦難は、新型コロナウイルスの撃滅のために避けては通れない犠牲でした。いや、過去形ではなく難儀な生活は今も続き、今後もおそらく続きます。地獄を経験したイタリア国民はそのことにもまた勘づいています。

それでも、いやそれだからこそ、ロックダウンの期限が一旦切れる5月3日を境に、規制を一部緩めようという考えが出てきました。絶えず最大級の警戒を続けながら徐々に束縛を解くのは、おそらく必要なことです。

それでなければ、苛烈なロックダウン策で死にかけているイタリアの経済が、正真正銘の死を迎えかねません。今の世の中ではイタリアの国家経済の死とは、イタリア共和国そのものの完全消滅と同義語です。

不運は往々にして幸運とセットになっています。イタリアはこの危機のおかげで、自らに難局を乗り切る才幹があることを再確認しました。ふいに世界最悪のCovid-19被害地に陥りながら、不屈の精神と勇気と連帯で絶望の淵から立ち上がりかけています。

国民は当初、事の重大さがなかなか理解できずに移動禁止令を無視して出歩いたり、集会や宴会やイベントを催したり、井戸端会議やカフェでの語らいやバーやレストランでの集いまた歓楽を諦めようとはしませんでした。

だが彼らは、急速に厳重なロックダウンの必要性を認識しました。言葉を替えれば、Covid-19の毒牙が人々を容赦なく恐怖のどん底に突き落としたのです。人々は戸惑いつつも全土封鎖の辛苦を受け入れ始めました。

国の規制や禁止や抑圧に激しく反発する自由奔放な人々が、移動の禁止を受け入れ、外出を控え、自宅待機の訳合いを十分以上に理解してじっと耐えるようになったのです。

人々は家に籠もって、連日連夜展開されるCovid-19と医療現場の戦士たちの壮絶な戦いを、テレビ画面で目の当たりにしました。戦士は医師であり看護師であり病院のライフラインを支える技師であり清掃員などの末端の労働者です。

壮絶な戦いの中で、4月20日現在138名の医師がCovid-19の毒牙にかかって斃れ、30名余りの看護師が殉職しました。またパンデミックの最初からイタリア全国で休みなく働き続けている薬剤師の中からも多くの犠牲者が出ています。

医療崩壊がもっとも凄まじかったロンバルディア州が、300人の退職医師のボランティアを緊急募集した際には、アナウンスから24時間以内に定員の25倍以上にあたる8000人もの引退医師が名乗りを上げました。

年老いた彼らは安穏な年金生活を捨てて、高齢者を襲うことが多い新型コロナウイルスが猛威を振るう医療の現場に、むろん危険を百も承知で敢然と立ち戻っていきました。

それだけに限りません。救急車の運転手ほかの救難隊員や、市民保護局付けのおびただしい数の救命・救護ボランティア、困窮家庭への物資配達や救援・救助また介護ボランティアなども大活躍し今も活躍しています。

イタリア最大の産業はボランティア、という箴言があります。イタリア国民はボランティア活動に熱心です。猫も杓子もという感じで、せっせとボランティア活動にいそしみます。博愛や慈善活動を奨励するローマ・カトリック教会の存在も大きいのでしょう。奉仕活動をする善男善女の仕事を賃金に換算すれば、莫大な額になります。まさにイタリア最大の産業です。

ボランティア精神はCovid-19恐慌の中でも自在に発揮されています。普段からボランティア活動に一生懸命な人々は、感染のリスクを恐れながらも人助けに動かずにはいられない。8000人もの老医師が、ウイルスとの戦いの前線に行く、と果敢に決意する心のあり方も根っこは同じです。

イタリアに居を定めている外国人の筆者は、それらのエピソードが如実に示しているイタリア人の博愛の精神の強さと、寛容と忍耐と優しい心の強靭に、あらためて目をみはらずにはいられません。そうやってかねてから強いこの国への筆者の愛着と、敬愛と、歓喜はもっとさらに深まり強度を増しています。

あとは今のところは、故国日本のコロナ禍の状況が、厳しい中でもイタリアほかの欧州各国またアメリカのような感染爆発に至ることなく、何とか地獄絵の世界を避ける方向に推移して行ってくれれば言うことはありません。そうなることを心から祈るばかりです。

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