イタリアは2024年までに防衛費をGDP(国内総生産)の2%に引き上げるとしたNATOとの合意を反故にしました。
連立政権を構成する五つ星運動の党首、コンテ前首相が激しく反対したからです。
コンテ前首相は、2019年に当時首相だった自分自身がNATOと約束した防衛費の増額を否定したのです。
それによって彼は、右顧左眄と民心扇動が特徴的なポピュリスト政党のトップであることを如実に示しました。
彼の主張は五つ星運動の目玉であるバラマキ策、「最低所得保障(reddito di cittadinanza)」とも深く結びついています。
コンテ氏が首相だった2019年、五つ星運動のゴリ押しが功を奏して、イタリア政府は低所得者層に一定の金額を支給し始めました。
コンテ政権は同年、NATOとの防衛費増額にも合意したのです。
ところが最近になってコンテ前首相は、イタリアを含む欧州が、プーチン・ロシアに侵略されるかもしれない危険に備えるための防衛費増は認めない、と声高に主張し始めました。
弱者を援助するという名目で票集め用に金をバラまくのは構わないが、安全保障は天からの恵みで自然に備わるものだから気にしなくてもよい、とでも考えているのでしょうか。
イタリア共和国がロシアによって破壊された場合、貧者も富裕者も関係がありません。誰もが等しく地獄に落ちます。そんな瀬戸際に陥らないための防衛費増です。
NATOとEUを含む欧州各国が、歴史を大転回させるほどのロシアの凶行に太平の夢を破られて緊張し、欧州全体を守るために団結して即座の防衛費増を決めました。イタリア一国の問題ではないのです。
言うまでもなく弱者は救済されるべきです。だがそれは国が存続してはじめて可能になります。国が破壊されたら弱者への援助どころか、金持ちも貧乏人も何もかも消滅します。
今はその大本の真理のみを凝視して、原則に立ち返る努力をするべき時ではないでしょうか。
それをしないで詭弁を弄するのは、ロシアのプーチン大統領が「主権国家を侵略してはならない」という 原理原則を踏みにじっておきながら、細部を持ち出して言い訳や詭弁や強弁を声高に主張するのとそっくり同じ行為です。
ドラギ政権は、コンテ前首相の強硬な反対に遭って、NATOとの合意を変更せざるを得なくなりました。五つ星運動が連立政権内の最大勢力だからです。
過激派は得てして― それが右か左かには全く関係なく― 常識を一気に飛び越えて極論に走ります。
この場合は極左の五つ星運動が、大本の議論を無視して、たとえロシアからミサイルが飛来しても先ず貧者を助けろ、とわめいているに等しい。
五つ星運動はベーシックインカム(最低所得保障)導入に関しても、同じ偏執論理で突っ走りました。
だが貧者を援助するための財源は働く人々の税金から出されます。ならば先ず働く人々を助けるべきです。
同時に働かない、あるいは働けない人々を、働くように仕向けることが重用です。つまりバラマキの前に、仕事を生み出す知恵を働かせるべきなのです。
その上で貧者に手を差し伸べる政策を強化すれば、誰もが納得します。
だが彼らは端からその努力を怠って、財源には全く目を向けることなく金をバラマクことばかりを目指しています。そうすれば投票してもらえるからです。
コンテ前首相はイタリアがコロナ地獄の底で苦悶していた2020年、強い意志と勇気とポジティブ思考で国民を鼓舞し、厳しい全土封鎖を断行してイタリアを危機から救いました。
筆者は彼の力量を大いに評価して、そこかしこで褒めそやし喧伝しました。
また彼が首相退任後に五つ星運動のトップに迎え入れられた時は、筆者が強い違和感を抱き続けてきた五つ星運動を、彼が根底から変えてくれるのではないかとさえ期待しました。
コンテ氏は首相時代に五つ星運動の支持を受けてはいましたが、そこの所属ではなかったのです。
だが彼は今や、大衆迎合主義政党「五つ星運動」の、過激な本性を身にまとっただけの極論者になりつつあります。いや、元々そうだった正体が、コロナ禍の混乱が去りつつある現在、徐々に表に出てきた、というのが真実に近いのでしょう。
コンテ前首相は、ウクライナで残虐行為を続けているプーチン大統領を支持する、という信じがたい迷妄の底にも沈んでいます。
正確に言えば、コンテ前首相は、彼のボスである党の創始者、ベッペ・グリッロ氏の「金魚の糞」化して、戦争勃発以来ひと言も「プーチン」という言葉を口に出さす、ロシアを表立って批判することもありません。
彼のボスがそうしているからです。あるいはふたりは示し合わせてそうしているのかもしれません。
コンテ前首相は、確信犯的にプーチン大統領の名前を口にせず、同時に彼の蛮行から目をそらすことで、プーチン大統領を援護しているのです。
彼が党首を務める五つ星運動は、親中国、親ロシアのポピュリスト政党です。また同党は反体制、反EUも標榜しています。
彼らは古い政党や腐った政治家をインターネットを介して糾弾する、という目覚しい手法で急速に支持を伸ばしました。
イタリア政界にはびこる腐敗政治家を指弾しようとする姿勢はすばらしい。また弱者に寄り添おうとする取り組みも共感できます。
だが彼らには創造的な政策案がありません。働く人々が稼いだ国庫の富を、無条件に貧者に分け与えろ!と叫ぶばかりです。
その公平な分配法、財源、不正防止策などにはお構いなしです。そして致命的なのは、繰り返しになりますが、貧者のためまた国民のために仕事を創出する、という視点がないことです。
そうした無責任な体質が、党首であるコンテ前首相のプーチン大統領への「受身の支持」を招き、NATO軽視、安全保障無視のスタンスを呼び込んでいます。
彼らが極左のポピュリスト、と規定され批判されるゆえんの一つです。
極左、とは過激派という意味です。その部分では彼らは、右の過激派である極右の同盟やイタリアの同胞などと寸分違わない。極論には右も左もないのです。
コンテ前首相はつまるところ、左の過激派と呼ばれても仕方のない言動に終始しています。
プーチン・ロシアの脅威を排除するための軍事費の増額を批判して、その金を貧者に回せ、と叫ぶのは平和時なら正しい。
しかし平和が危機にさらされている状況では、まず平和維持を追求するのが筋です。
また、蛮行に突っ走るプーチン大統領を、コンテ前首相がこの期に及んでも批判しない了見は、全く理解できません。それどころかほとんど狂気の沙汰とさえ感じます。
2020年のイタリア全土ロックダウン時の彼の八面六臂の活躍は、もはや帳消しになったと言っても過言ではないでしょう。
残念至極なことです。
official site:なかそね則のイタリア通信