英総選挙、ドンデン返しの読み方

選挙結果を予測するのは、(立候補した)当事者か投資家でもない限り無意味です。なぜなら、選挙はフタをあけてみるまで分からない、という古すぎると言うさえばかばかしいほどの箴言が常に正しいからです。投資家だけはボロ儲けを狙って、魑魅魍魎が横行する選挙後の金融投機市場に資金を注ぎ込もうとしますから死に物狂いで結果予測を試みます。

しかし、机上論者の経済学者らが、現実の市場経済の動向や実体を「理路整然と」間違うことが多いように、投資家たちも選挙という魔物の正体に惑わされてしばしば大損をこうむります。要するに選挙とは、結果を測ることが至難の、だが結果を予測することが選挙自体よりも得てして魅力的な、人間の不思議な発明の一つです。

筆者はそこかしこで表白しているように、Brexitの行方を十中八九決定するであろうイギリスの総選挙の様子を真剣に見守っている「反Brexit主義者で英国ファン」の男です。Brexitを巡る自身の政治的立ち位置については前回エントリーでも既に述べました。

世論調査によれば、Brexitの実行、というよりも「強行」を叫ぶジョンソン首相率いる保守党が、最大野党の労働党を10%前後リードしていて、もはや選挙戦の勝敗は決したという状況です。筆者はこの直前記事ではそのことを踏まえて、投票日までに情勢が劇的に変わらなければ 、英国は離脱期限である1月31日さえ待たずにEUから離脱する可能性もある、と書きました。

白状すれば実はそれは、強い反Brexit 主義者である筆者の願いとゲンかつぎに基づく表現でした。つまり、Brexitはもはや成った、と信じる振りで書くほうが逆の結果をもたらす、と姑息に考えたのです。だがそれはあまりにも子供じみた願いだと気づきました。そこで選挙結果が出る前に、下手な評者 としての少しの論理的思い、また惑いなどを表明しておくことにしました。

Brexit強行派のジョンソン首相率いる保守党の優位は変わらず、投票2日前の12月10日現在、もはや勝敗の行方ではなく保守党がどれくらいの差で勝利するかが焦点、とさえ考えられています。保守党が大勝した場合は問題なくBrexitに向かい、僅差での勝利の場合のみBrexit見直し論が沸き起こる可能性がある、というのが世論調査に基づく一般的な見方です。

ところがその状況は実際には落とし穴である可能性もあります。2017年、当時のテリーザ・メイ首相はBrexit論争の膠着状態を打開しようとして、世論調査が伝える高い保守党支持率を頼りに解散総選挙に打って出ました。ところが結果は惨敗。彼女は失脚と形容しても過言ではない形で権力の座から去りました。

彼女の前にはデヴィッド・キャメロン首相が、やはり世論調査での高い支持率に裏切られる格好で、Brexitの是非を問う国民投票を敢えて実施し敗北。政権の座を追われました。いや、実のところはキャメロン首相は、無責任にも政権の座を投げ出した、というほうが正確だと思います。

キャメロン元首相の行為は、2016年のイタリアのマテオ・レンツィ元首相の思い上がり国民投票実施や石原慎太郎元東京都知事の尖閣諸島購入計画、あるいは仲井眞弘多元沖縄県知事の辺野古移転容認策などと同様に、後世まで語り継がれ指弾され続けられるべき事案です。

英国の各世論調査は近年、選挙や国民投票の予測で失敗を繰り返し全く信頼に値しない、という見方もあります。だがその傾向はイギリスだけにとどまりません。世論調査が2016年、米大統領選挙でのトランプ氏勝利についても、大失策を演じたのは記憶に新しいところです。

世界中で同様のことが起きていますが、民主主義大国である英国の場合は特に、有権者の動向を予測するのがきわめて難しくなっています。今回の総選挙でもほぼ全ての世論調査が保守党の勝利を見込んでいるものの、実は有権者の半数が投票日まで誰に票を入れるかを決めていない可能性があり、誰がどの程度の差で勝利するかは分からないのが実情です。

英国では投資家などを中心とする人々が、世論調査の不手際をおそれて、人工知能による分析やWEBによる選挙民のムード分析、あるいは既存のブックメーカーの分析予想法などを駆使して、選挙結果を推測しようとする動きまであります。かつては選挙結果を予想する時に参考になったのは、85%までが世論調査の数字だったのですが、現在では30%以下だとさえ言われます。

つまり、ジョンソン首相と保守党の勝利を一様に予測している各種世論調査の結果は、間違っている可能性があるということです。首相と保守党の敗北とまではいかなくとも、僅差での勝利にとどまるケースも考えられるのです。つまり筆者のポジショントークではなく、選挙後にBrexit見直し論が起こり、ひいてはBrexitが反故になることも依然としてあり得るということです。

Brexitはこの直前の論考で述べた通り、大局的に見て世界のためにならないと思いますが、地域的に見ても、特にジョンソン首相が政権を維持し続けるようなら、英国のために全く良くないと思います。彼は権力の亡者だとされます。自らが首相になりたい一心でBrexitを推進してきたという批判もあります。

しかしながら、政治家である以上は、政界の最高の地位である総理大臣を目指すのは当たり前だと筆者は考えます。そうではない政治家なんてどうせたいしたことはない。それは政権掌握を目指さない政党がフェイクであるのと同様の大いなる欺瞞です。

ジョンソン首相の政治家としての野心は良しとするべきだと思います。しかし彼は人間的に信用できない男、という評価が敵味方にかかわりなくつきまとっています。政治家としては勿論、彼がジャーナリストだった時代でも同じです。宰相になりたいという彼の野心よりもこの悪評のほうがよっぽど深刻ではないでしょうか。

そこを捉えて、BBCの著名なジャーナリストが「信頼」をテーマに、ジョンソン首相への公開質問状をテレビ画面を通して公表しました。そこにはジョンソン首相の嘘で塗り固められた政治主張や言動や行状がこれでもか、とばかりに語られています。

BBCは公開質問状をこう説明しています。「これはわれわれが視聴者の代わりに、政権を握るかもしれない人を詰問し、責任を問うものです。それが民主主義です」」と。その説明通り詰問状は、ジョンション首相が所属する保守党以外の全ての党の党首にも投げかけられ回答を得ました。ところがジョンソン首相だけはそれに答えずに逃げ回っているのです。

ジョンソン首相は、Brexitを推進した「Brexit党」党首のナイジェルファラージ氏と同じトランプ主義者です。トランプ主義者とは反移民、人種差別、宗教差別などを旗印にして、「差別や憎しみや不寛容や偏見を隠さずに、汚い言葉を使って口に出しても構わない」と考え、そのように行動する人々ことです。また言葉や行動にはしなくてもその思いを秘めている人々も同じです。

ジョンソン氏は従って、誇り高き民主主義大国・英国の首相にはふさわしくない、と筆者は考えます。Brexitが帳消しになればジョンソン氏の首相職も同じ道をたどることになるでしょう。その意味でもやはり筆者は、英国の総選挙の結果がサプライズになることを願わずにはいられないのです。

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