こやじ外相のとっつぁん坊やな言動

ギリシャは6月15日から観光客の受け入れを開始するが、新型コロナの被害が甚大なイタリアからの入国は拒否する、と発表しました。

するとさっそく、イタリアのルイジ・ディマイオ外相が「イタリア人の入国を受け入れないのはけしからん」とギリシャに噛み付きました。

あわてたギリシャは、方針を変えてコロナ感染率の高いイタリアの北部4州すなわちロンバルディア、ピエモンテ、ヴェネト、エミリア・ロマーニャからの訪問客のみを規制するとしました。

その内容は、6月15日から6月30日の間、4州からの入国者にウイルス検査を義務付け、陽性の場合は2週間、陰性の場合は1週間それぞれホテルなどに隔離する、というもの。

イタリアはこれにも猛反発。特にヴェネト州のルカ・ザイア知事はギリシャの統一性のない規制や解禁は理解不可能、として激しく抗議しました。

ちなみにザイア知事は極右の「同盟」所属。新型コロナが猛威を振るっていた3月には「中国人は生きたネズミを食べる」と発言するなど、差別主義的な思想傾向があるようにも見えます。

ギリシャはさらに妥協して、7月1日からはイタリアを含む全ての国からの入国を受け入れ、空港で無作為にウイルス検査だけを実施する、と改めました。

このエピソードには、イタリアの傲岸な一面があらわれているような気がしないでもありません。

ギリシャとイタリアは、ギリシャ文明とローマ文明という共通の巨大な歴史足跡を持ち出すまでもなく、心理的にも地理的にもとても近い親和的な間柄です。

現代では、ギリシャと比較して人口で約6倍、経済規模でおよそ9倍の大きさがあるイタリアから、観光やバカンスで多くの国民がギリシャへ移動し同国経済に貢献する、いう事情もあります。両国の関係はイタリアが兄貴、ギリシャが弟の、いわば兄弟分というふうです。

ギリシャの観光業はGDPのほぼ21%を占め、国全体の就労者の4分の一を支えています。ギリシャはウイルスの早期封じ込めに成功した国の一つですが、観光業のほとんどを外国人客に頼っているため新型コロナの世界的流行で大打撃を受けました。

それは世界中の多くの国と同じです。が、ギリシャはGDPに占める割合が世界平均の2倍にも当たる巨額を観光業に依存しています。ダメージはさらに深刻です。切羽詰った状況にも押されて、ギリシャは早めに外国人観光客を受け入れることを決めたのです。

ギリシャが受け入れるのは、EU域内と世界の合わせて29のコロナ低感染国からの訪問客です。同じ欧州内でも感染者が多いスペイン、フランス、イギリスなどは除外されます。イタリアだけが入国拒否のターゲットになっていたわけではないのです。

それを知りつつイタリアがギリシャにねじ込んだのは、「親しい仲ゆえの甘え」という面もありますが、やはり兄貴分としての少しの優越意識もあるようです。それはイタリア国民というよりも、ディマイオ外相の個人的な思いこみの所産、という印象が強い。

ディマイオ外相は、コメディアンのベッペ・グリッロ氏が11年前に創設した五つ星運動の元党首です。30歳そこそこで政界にデビューし、31歳で同党のトップになりました。彼はそれまで政治経験はおろかまともに就職したことさえない流浪の若者でした。

「とっつぁん坊や」とも「こやじ青年」ともつかない不思議な雰囲気を持つ彼は、連立政権の出だしのころこそ無難に第一党のリーダー役をこなしているように見えました。しかし時間経過とともに 政治のみならず人生の無経験ぶりももろに影響するのか、やることなすことに精彩を欠くようになりました。

ことし2月、イタリアが突然世界最悪の新型コロナ地獄に陥ると、ディマイオ外相は迷い子を彷彿とさせる頼りない言動を繰り返して無力になり、ますます存在感をなくしていきました。外相が所属する五つ星運動に近いジュゼッペ・コンテ首相が、鮮やかな手際でコロナ危機に対処する姿とは好対照でした。

だがそんな中でもディマイオ外相は、中国を賞賛することは忘れませんでした。中国のマスク外交を有難がり、武漢の封鎖策を賞賛し、イタリアのロックダウンに口を挟む中国を持ち上げ、イタリア語でいうLeccaculo(ケツナメ)外交を遺憾なく発揮して、習近平主席のケツを舐め続けました。

外相も率いるポピュリストの五つ星運動は、中国の一帯一路構想の信奉者です。イタリア政府は昨年3月、 EUを筆頭に多くの国々が反対するのを無視して 、一帯一路構想に協力する旨の覚書を中国との間に交わしました。そこには政権与党の五つ星運動の、ゴリ押しともいえる猛烈な勧奨がありました。

イタリア共和国の外交政策は、いつもしたたかでフルボ(知恵者)で且つ大人然としています。ですから覚書自体にはそれほど重みはないと考えられます。イタリアはいざとなれば即座に覚書を破棄する腹積もりです。しかし、それを交わしたことによる中国との関係の深化はきわめて重大な結果をもたらしました。

覚書が交わされたとたんに、イタリアには中国人観光客が大量に押し寄せ、中国人ビジネスマンが急増し、それまでも既に国中に溢れていた中国人移民がさらに増えました。そんな折に新型コロナがイタリアを急襲し感染爆発が起きました。そこには中国人が関係していた、と見る専門家も多くいます。

しかし、なぜかイタリアにはそのことを指摘して中国を非難する風潮は今のところはありません。むろん親中国の五つ星運動とその中心人物のディマイオ外相の場合はなおさらです。中国を責めるどころか相変わらず賞賛するふうでさえあります。

不思議なことに反中国の極右政党同盟やその他の右派また中道勢力などからの論難もありません。中国共産党と習近平指導部は-決して中国国民ではなく-新型コロナの流行に責任があるなら厳しく指弾されるべき、と考えている筆者はいささか解せません。だがそれが現実です。

感染予防策としてイタリアからの観光客の入国を拒否するギリシャに声高に抗議をするのは、ディマイオ外相の政治パフォーマンスです。存在感が皆無の最近の外相の仕事は、EUをはじめとする国外の組織や国や仕組みや人物に、反対や反論また抗議の声を挙げてイタリアを、いや、五つ星運動をなめるな、と叫ぶことだけのようにさえ見えます。ギリシャに噛み付いたのもその一環です。

ディマイオ外相は、友好国ギリシャの今このときの暫定的な措置に文句を言う時間があるなら、一党独裁国家中国が新型コロナのパンデミックに関して責任があるのかどうか、また「一帯一路覚書」に象徴されるイタリアの中国への施策に誤謬、行き過ぎ、緩みなどがなかったかどうか、など、もっと重大な事案の考察にも時間を割いてほしいものです。


facebook:masanorinakasone

official siteなかそね則のイタリア通信

コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください