マフィア鬼の‘かくれんぼ’は続く

先日逮捕されたマフィアの最後の大ボス、マッテオ・メッシーナ・デナーロは30年に渡って逃亡潜伏を続けました。

彼の前にはボスの中の大ボス、トト・リイナが、1993年に逮捕されるまでの24年間姿をくらましていました。

圧巻は2006年に逮捕されたベルナルド・プロヴェンツァーノ。彼は時には妻子まで連れて43年間隠伏し続けました。

3人とも逃亡中のほとんどの期間をシチリア島のパレルモ市内で過ごしました。

プロヴェンツァーノが逮捕された時、マフィアのトップの凶悪犯が、人口70万人足らずのパレルモ市内で、時には妻子まで引き連れて40年以上も逃亡潜伏することが果たして可能か、という議論が起こりました。それは無理だと考える人々は、イタリアの総選挙で政権が交替したのを契機に何かが動いて、ボス逮捕のGOサインが出たと主張しました。

もっと具体的に言うと、プロヴェンツァーノが逮捕される直前、当時絶大な人気を誇っていたイタリア政界のドン、シルヴィオ・ベルルスコーニ元首相が選挙に 負けて政権から引きずり下ろされました。そのためにベルルスコーニ元首相はもはやマフィアを守り切れなくなり、プロヴェンツァーノ逮捕のGOサインが出た、というものです。

その説はベルルスコーニ元首相とマフィアが癒着していると決め付けるものでした。が、確たる証拠はありません。証拠どころか、それは彼の政敵らによる誹謗中傷の可能性さえあります。しかしながらイタリアではそういう「噂話」が絶えずささやかれるのもまた事実です。

なにしろベルルスコーニ氏以前には、3回7期に渡って首相を務め、長い間イタリア政界を牛耳ったジュリオ・アンドレオッティ元首相が、「隠れマフィアの一 員」という容疑で起訴されたりする国です。人々の不信がつのっても仕方がない現実もあります。また、次のようにも考えられます。

シチリアは面積が四国よりは大きく九州よりは小さいという程度の島です。人口は500万人余り。大ボスはシチリア島内に潜伏していたからこそ長期間つかまらずにいました。四方を海に囲まれた島は逃亡範囲に限界があるように見えますが、よそ者を寄せつけない島の閉鎖性を利用すれば、つまり島民を味方につければ、 逆に無限に逃亡範囲が広がります。警察関係者や政治家等の島の権力者を取り込めばなおさらです。

そうしておいて、敵対する者はうむを言わさずに殺害してしまう鉄の掟、いわゆる『オメルタ(沈黙)』を島の隅々にまで浸透させていけばいい。『オメルタ(沈黙)』は、仲間や組織のことについては外部の人間には何もしゃべってはならない。裏切り者は本人はもちろんその家族や親戚、必要ならば 友人知人まで抹殺してしまう、というマフィア構成員間のすさまじいルールです。

マフィアはオメルタの掟を無辜の島民にも適用すると決め、容赦なく実行していきました。島全体に恐怖を植えつければ住民は報復を怖れて押し黙り、犯罪者や逃亡者の 姿はますます見えにくくなっていきます。オメルタは犯罪組織が島に深く巣くっていく長い時間の中で、マフィアの構成員の域を超えて村や町や地域を巻き込んで巨大化し続けました。冷酷非道な掟はそうやって、最終的にはシチリア島全体を縛る不文律になってしまいました。

シチリアの人々は以来、マフィアについては誰も本当のことをしゃべりたがらない。しゃべれば報復されるからです。報復とは死です。人々を恐怖のどん底に落とし入れる方法で、マフィアはオメルタをシチリア島全体の掟にすることに成功しました。しかし、恐怖を与えるだけでは、恐らく十分ではありませんでした。住民の口まで封じるオメルタの完遂には別の要素も必要でした。それがチリア人が持っているシチリア人と しての強い誇りでした。

シチリア人は独立志向の強いイタリアの各地方の住民の中でも、最も強く彼らのアイデンティティーを意識している人々です。島は古代ギリシャ植民地時代以来、ローマ帝国、アラブ、ノルマン、フラ ンス、スペインなど、外からの様々な力に支配され続けました。列強支配への反動で島民は彼ら同志の結束を強め、かたくなになり、シチリアの血を強烈に意識するようになってそれが彼らの誇りになりました。

シチリアの血をことさらに強調するする彼らの心は、犯罪結社のマフィアでさえ受け入れて しまう。いや、むしろ時にはそれをかばい、称賛する心根まで育ててしまいます。なぜならば、マフィアもシチリアで生まれシチリアの地で育った、シチリア の一部だからです。かくしてシチリア人はマフィアの報復を恐れて沈黙し、同時にシチリア人としての誇りからマフィアに連帯意識を感じて沈黙する、というオメルタの二重の落とし穴にはまってしまいました。

シチリア島をマフィアの巣窟たらしめている、オメルタの超ど級の呪縛と悪循環を断ち切って再生させようとしたのが、パレルモの反マフィアの旗手、ジョヴァンニ・ファルコーネ判事でし た。90年代の初め頃、彼の活動は実を結びつつありました。そのために彼はマフィ アの反撃に遭って殺害されました。https://terebiyainmilano.livedoor.blog/archives/52323611.htmlしかし彼の活動は反マフィアの人々に受け継がれ、大幹部が次々に逮捕されるなど犯罪組織への包囲網は狭まりつつあります。だがマフィアの根絶はまだ誰の目にも見えていません。

「マフィアとは一体何か」と問われて、筆者はこう答えることがあります。「マフィア とはシチリア島そのもののことだ」と。シチリア島民の全てがマフィアの構成員という意味では勿論ありません。それどころか彼らは世界最大のマ フィアの被害者であり、誰よりも強くマフィアの撲滅を願っている人々です。シチリア島の置かれた特殊な環境と歴史と、それによって規定されゆがめられて行ったシチリアの人々の心のあり方が、マフィアの存続を容易にしている可能性がある、と言いたいのです。

自分の言葉にこだわってさらに付け加えれば、マフィアとはシチリア島そのものだが、シチリア島やシチリアの人々は断じてマフィアそのものではありません。島民全てがマフィアの構成員でもあるかのように考えるのは「シチリア島にはマフィアは存在しない」と主張するのと同じくらいにバカ気たことです。マフィアは島の人々の心根が変わらない限り根絶することはできません。同時に、マフィアが根絶されない限りシチリア島民の心根は変わらない。マフィアはそれほ ど深く広くシチリア社会の中に根を張っています。





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