NHK傘下の有料日本語放送局JSTV(ロンドン拠点)が突然、ことし10月末日をもってサービスを終了すると発表しました。
1990年に放送を開始したJSTVの必要性は、ネットをはじめとする各種媒体が隆盛する2023年の今は増々高まっています。決してその逆ではありません。
時代の流れに逆行して日本語放送を停止するNHKの真意はどこにあるのでしょう。NHKは世界から目を逸らしてドメスティックな思考に溺れているとしか思えません。
JSTVは欧州からアフリカを経て中近東までを包含し、ロシアを含む中央アジア全域に住まいまた滞在する日本人と、日本語を学ぶ外国人及び日本に興味を持つあらゆる人々の拠り所にもなっている媒体です
NHKはJSTVを存続させて、ネットという便利だが危険性も高い媒体に対抗し、補正し、あるいは共生しつつ公に奉仕するべきではないか。後退ではなく前進するのが筋道だと考えます。
33年も続いたビジネスモデルを今になっていきなり捨てるとは、当初の成功がネットに押されて立ち行かなくなった、ということでしょう。
NHKはネットに対抗する変革とビジネス努力をしっかりと行ってきたのでしょうか。
ビジネスだからいくら努力をしてもうまくいかなかったということもあるでしょう。それでも、あるいはだからこそ「公共放送」を自認するNHKは、傘下にあるJSTVを存続させる努力をするべきです。
なぜなら ― 繰り返しになりますが ― 33年前に必要とされた欧州・アフリカ・中東・ロシア&中央アジアをカバーする日本語放送は、2023年の今はもっとさらに必要とされているからです。
ニーズは断じて減ってはいません。
時勢に逆行する施策にこだわるNHKは内向きになっていいます。昨今は日本中が内向きになりがちです。従って世相から隔絶して存在することはできないメディアの、その一部であるNHKがトレンドに巻き込まれるのは分からないでもありません。
だが同時に、NHKは日本のメディアを引っ張る最重要な機関でもあります。内向きになり、心を閉ざし、排外差別的になりがちな風潮を矯正する力でもあるべきです。
世界は日本ブームです。その大半は日本の漫画&アニメの力で引き起こされました。
多くの世界中の若者が、日本の漫画&アニメを介して日本文化に興味を持ち、日本語を習い、日本を実際に訪ねたりしてさらに日本のファンになってくれています。
それらの若者がそれぞれの国で頼りにし、親しみ、勉強にも利用する媒体のひとつが日本語放送のJSTVです。
日本の文化を愛し、日本語を話す外国人は、日本にとって極めて重要な人的リソースになります。
彼らは平時には日本の文化を世界に拡散する役割を担い、日本が窮地に陥る際には日本の味方となって動いてくれる可能性が高いのです。
ある言語を習得した者は、その言語の母国を憎めなくなります。ほとんどの場合はその言語の母国を愛し親しみます。日本語を習う外国人が、習得が進む毎にさらに日本好きになって行くのはそれが理由です。
テレビに頼らなくてもむろん今の時代は情報収集には困りません。ネットにも情報があふれているからです。
だがそこには残念ながら、欺瞞や曲解や嘘や偏見、また思い込みや極論に基づくフェイク情報なども多いのが現実です。
そういう状況だからこそNHKは、踏ん張ってJSTVの放送を続けるべきです。フェイクニュースやデマも多いインターネットに対抗できるのは、一次情報を豊富に有するNHKのような媒体です。
膨大な一次情報を持つNHKの信条は、不偏不党と公平中立、また客観性の重視などに集約されます。
個人的には筆者は不偏不党の報道の存在には懐疑的ですが、NHKがそこを「目指す」ことには大いに賛同します。
NHKの傘下にあるJSTVの哲学も、本体のNHKと同じです。特に報道番組の場合はNHKのそれが日本との同時放送で流れますから変りようもありません。
その意味でも、NHKがJSTVの存続に力を注ぐのは、むしろ義務と言っても過言ではないと思います。
NHKが自ら報告する年次予算の決済はほぼ常に黒字です。それを例年内部留保に回していますが、そのほんの一部を使ってJSTVを立て直すことも可能と見えるのにその努力をしません。
そうしない理由は明白です。日本の政治と多くの企業がそうであるように、NHKも内向き志向の保守・民族主義勢力に支配されているからです。
NHKにはむろん進歩的な国際派の職員もいます。だが彼らは多くの場合「平家・海軍・国際派」の箴言を地で行く存在です。強い権力は持ちません。
もしも彼ら、特に国際派の人々が権力の中枢にいるなら、NHKがJSTVを見捨てないことの重要性を理解してその方向に動く筈ですが、折悪しく状況は絶望的です。
official site:なかそね則のイタリア通信